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北の大地で 星を数えながら

~日々の出来事や感じたこと、聖書の言葉など 小さくても星のようにキラリ☆光ることを 分かち合えればいいなぁ~

ただそれだけのことなのですが

 大阪での最後の食事は、大阪ならではのたこ焼きでした。画像はピンボケしていますが、味はボケていません!

20190620大阪最後の食事
(2019年6月20日 たこ焼き)

 6月ではまだ大阪と女満別空港の直行便がなく、関空から新千歳へ飛び、新千歳から乗り継いで女満別という航路になります。広島県の牧師に「外国じゃあるまいし、乗り継ぎが必要なの?広島空港から韓国に直行便が出ている時代に・・・」と言われたことがありました。そうなんです、北海道の中でも女満別空港は、ある意味、外国並みの遠さなのです(笑)

女満別空港 夏期限定
女満別空港のサイトから)

 新千歳へ近づいた頃、ふと北の大地を見下ろすと、昨年9月の地震の爪痕が残っていました。まさに爪痕と呼ぶに適している眺めでした。思わず地震の時に右手親指の付け根を4針縫った傷跡が、ズキンと痛くなるようでした。

20190620北海道上空
(2019年6月20日 北海道上空)
  
 新千歳から女満別へ向かう飛行機は、一回りも二回りも小さな飛行機です。それでも、北見から札幌へ行くのに4時間も5時間もかけて車で行くことを思うと、45分の飛行時間で飛んでいくのですから、小さな飛行機でもありがたいものです。

20190620道東上空
(2019年6月20日 道東上空)

 女満別空港へ到着する少し前、雲の切れ間から光が差し込んでいました。ただそれだけのことなのですが、しばらく見入っていました。妻と出かけた6泊7日の長期出張を締めくくる一コマでした。

(1日1章 Ⅱ歴23章「喜びと歌とをもって」)

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日記 |

恥じらいをなくしても

 先月半ばの長期出張で、2度ほどタクシーに乗る機会がありました。泉佐野駅から病院までの往復で、10分もかからない距離なのですが、さすがに出先で30分も40分も歩くことはしませんし、そういう時間も無いのでタクシーに乗りました。

 「歳をとったなあ」と思うことの1つとして、タクシーに乗った時に運転手に話しかけているということがあります。私の性格は、初対面の人に自分から話しかけることなく、ひとり静かにというものだったのですが、歳を重ねて恥じらいも無くなっているのかもしれないなあと思っています(笑)

20190620タクシー
(2019年6月20日 泉佐野駅のタクシー乗り場)

 行きのタクシーでは、泉佐野市長の話しなどで盛り上がりました。帰りのタクシーでは、どういう話しの流れからか忘れましたが、その運転手は私の小学校、中学校の先輩だということが分かりました!年齢は私より10〜15歳ほど上のように見えたので、面識は無いのですが同じ学校に通っていたということで親近感を覚えるのも不思議なものです。

(今、写真を見ながら気づいたのですが、5年間ほど通ったエレクトーン教室や母が務めていた化粧品会社のビルは、新しくなっているようですね)

20190620駅近の塾
(2019年6月20日 泉佐野駅の海側)

 旅行カバンを取り出したコインロッカーの横の窓から、中校3年生の時に通っていた塾のあった場所がふと目に入りました。今はもう別の塾になっているようです。あの頃は、自分の学力よりも高い高校を志望して、通常の授業が終わった後に塾の先生が日付けが変わるぐらいまでボランティアで個人教授をしてくださいました。結果は不合格で、ご期待に応えられなかったのですが、心血を注いでくださった塾の先生方のおかげで、基礎的な学力をつけることができたように思っています。

20190620泉佐野駅前
(2019年6月20日 泉佐野駅)

 多くの方々にお世話になり育まれて、高校1年の途中まで住んだ懐かしの地。また聖書神学校を卒業して最初の7年間の赴任地。恥じらいが無くなってきたとしても、お世話になって育まれたこと、この地で初めの愛や召命(コーリング)をいただことは忘れてはいけないなあと、生まれ故郷の大阪を後にしました。

(1日1章 Ⅱ歴22章「相談相手」)
 
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不思議で、特別な

 7月14日(日)の礼拝は、紋別で北見との合同礼拝でした。この日の夜から紋別で開かれる北東地区の聖会のために、S先生を講師でお招きしていますので、会場教会の特権としてS先生が合同礼拝のメッセンジャーとなってくださいました。

 北見から車で約1時間45分の紋別です。北見の皆さん全員が参加することはできませんでしたが、それでも車に乗り合わせながら多くの方々が紋別に向かわれました。2つの教会の責任を持っている者として、年に1度と言えども、合同礼拝を行えることは大きな喜びです。

20190714
(2019年7月14日 主日礼拝)

 北東地区の聖会が日曜日の夜から始まるということもあり、合同礼拝は午後からの開始となりました。まずは前日から北見入りされたS先生と一緒に紋別へ向かい、紋別の教会でS先生と一緒に教会と地域の祝福を祈り、電子ピアノなどを車に積みました。

 そして昼食のために向かった魚屋さんは多くの方々で込んでいたので、S先生に申し訳ありませんでしたが、北海道のラーメンを食べていただきました。日曜日のお昼ご飯、まだ礼拝を捧げる前に、伝道者3人がラーメンを食べていることが不思議でした(笑)

 礼拝会場は聖会会場と同じく、市民センターを予約していました。参議院選挙の期日前投票会場にもなっていたので、礼拝中の音漏れ(賛美と祈り)が気になっていました。音漏れチェックをして廊下に出た妻から、「一番大きな声は、あなたの声だった」と後で言われました・・・。

 特別な礼拝ですからねぇ。そして特別な恵みに溢れたひと時となりました♬

(1日1章 Ⅱ歴21章「主を捨てたから」)

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恩師譲りだなあ

 先月の長期出張の最後は、恩師訪問でした。少し前から入院されたということで、病院に向かいました。高齢ということもあり、「私のことは思い出せないかもしれないかも」と妻は言っておりました。面会の部屋に座られた恩師は、私たちの訪問を喜んでくださり、何のことはなく、すらすらと妻の名前を呼んでおりました。

20190620恩師のいる病院
(2019年6月20日 病院)

 近況などをお聞きしながら、あっという間に時間が過ぎていきました。最後にお祈りをさせていただく中で、何度も力強く「アーメン」とうなずかれていたことが印象的です。

 私は自分の牧師としての所作、心構え、センスなどは、やはり恩師譲りだなあと思うことが時にあります。どこの教会でもそうと言えばそうなのですが、信徒は牧師に似ていくものだと思います。もちろん本質的には、牧師の内におられるキリストの姿だと思うのですが、それに付随する様々なことがらも似てしまうんだなあと感じています。

 妻は時々、「あなたのその言い方、あなたのお義父さんに似ている」と言います。自分でも時折、自分の声は父親に似ているなあと思うことがあります。

20190620病院前の花壇
(2019年6月20日 病院前の花壇)

 さあ、明日は礼拝です。人は礼拝する対象に似た者となると聞いたことがあります。栄光から栄光へと主と同じ姿に帰変えられていくことを願いつつ。

(1日1章 Ⅱ歴18章「なにごころなく」)

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ノスタルジーな気分の中で

 先月の6泊7日の長期出張では、3泊を実家で泊まりました。毎年、この時期に実家に帰ることができる機会があるのは、幸いなことだと思っています。蒸し蒸しした暑さ、じめじめを覚悟しての大阪入りでしたが、梅雨の時期のはずなのに過ごしやすかったです。 

20190620あじさい
(2019年6月20日 玄関の花)

 毎年、毎年、成長している甥っ子や姪っ子、同じだけ齢を重ねている両親、姉夫婦、そして私たち夫婦でした(笑)

 高校1年から聖書神学校に入学する27歳まで過ごした実家にある私の部屋は、もう私のものは殆ど何もなく、優しい光が射していて、ちょっとだけノスタルジーに浸っていました。

20190620実家の部屋
(2019年6月20日 実家の元自分の部屋)

 最寄り駅の前には、大きなマンションが建設されていて驚きました。下りだけが高架になっていた電車も、もうすぐ上りも新しいホームになるようです。

20190620羽衣駅
(2019年6月20日 羽衣駅)

 変わりゆく景色の中で、変えなければいけないもの、変わらないもの、変えてはいけないも、それらを見極める識別力、また受け入れる心の広さが必要だなあと、ニーバーの祈りを思い起こしていました。

(1日1章 Ⅱ歴17章「主の道に」)

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