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北の大地で 星を数えながら

~日々の出来事や感じたこと、聖書の言葉など 小さくても星のようにキラリ☆光ることを 分かち合えればいいなぁ~

砕かれる 【No.181】

私は高校生の時に、1つの祈りを神様に捧げました。
それは「主よ、私のかたくななところ、
自分も気づいていないかもしれない我がままなところを砕いて下さい」
という祈りでした。

「陶器師、主よ、砕いて下さい」
この祈りは、即効で聞かれます!これは本当です。
向き合いたくない自分の欠点や認めたくない強情さを、
神様は様々な方法を通して示して下さるのです。

そして痛いんですよ、砕かれるって。
ほんと痛いんです。

でもその痛みは、痛みのままで終わらないんです。
私の場合はⅠヨハネ1:7と9を握りながら、
十字架のイエス様の前にひざまずいて祈ります。

  「もし、私たちが自分の罪を言い表わすなら、神は真実で正しい方ですから、
   その罪を赦し、すべての悪から私たちをきよめてくださいます」

  「御子イエスの血はすべての罪から私たちをきよめます」

そうすると、優等生の自分、何かを誇っている自分でいる時よりも、
よりいっそう十字架のイエス様がそばにおられることを感じるんです。
恵みに包まれると言うか、静かな平安に満たされるんですね。

砕かれる

最近、「砕いて下さい」の祈りを捧げちゃったんですよ(笑)
先月、朝の祈りの中で、
「神様、通り良き管として下さい。
  私の中にある、神様の愛や恵み、聖霊の働きを滞らせるもの、
  詰まらせているもの、邪魔しているものを取り除いて下さい。
  主よ、御心のままに砕いて下さい」
そう祈っちゃったんですよね。そういう祈りが1週間ぐらい続いたんですよ。

そうしたら、預言者ナタンのような人が現れたんですね(Ⅱサム7、12章)。
期待していないのに、ひょんなところで現れる預言者ナタン・・・。
こういう預言者ナタンって、必要なんですよね~。
もちろんダビデのような罪を犯したわけではありませんが、
私の言動の裏側にある隠しているはずの弱さを指摘されちゃったんですよね。

そこは大きなケガをしてるのに、それでもばれないように、
バンドエイドで必死に隠しているようなところでした。
でもバンドエイドで隠しても、癒されないんですよね。
痛いのですが、膿を出して、消毒をして、治療する必要があるんですね。

痛かったなぁ。
ちょっとブルーになっちゃいました。
もうひとたび、Ⅰヨハネの御言葉を握り、
十字架のイエス様の前にひざまずきました。

私の弱さ、そこにはイエス様の十字架の血潮が必要だったんです。
いやそこにこそ、主の十字架の血潮で覆って頂かないといけなかったんです。
そのためにこそ、イエス様は十字架にかかって下さったんです。

「十字架のかげに」という聖歌が溢れてきました。
そして祈り終えた後は、復活の朝のような思いを頂きました!


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