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北の大地で 星を数えながら

~日々の出来事や感じたこと、聖書の言葉など 小さくても星のようにキラリ☆光ることを 分かち合えればいいなぁ~

主のまなざし 【No.242】

教会のすぐ近くにあるゴミステーション、
カラスに荒らされないように柵でおおい、ネットもかぶせています。
それでもカラスは隙間をねらって入ってくるようです。

ゴミステーション

つい最近、このゴミステーションに張り紙が貼られていると妻が言うのです。
そしてその張り紙が貼られてからは、
指定日以外にゴミを出す人が、いなくなったというから驚きです!

↓その張り紙の中身はこれです↓
ゴミステーション?

効果テキメンだったのは、もちろん後半の文言でしょう。

「監視カメラ設置しております」

あたりをいろいろと見渡すのですが、どこにカメラがあるのか分かりません(笑)
隠しカメラなのでしょうか?それとも張り紙だけなのでしょうか?

みんながルールを守り、カラスに荒らされることもなく、
町内がきれいになったことは、もちろん喜ばしいことです。
それでもちょっとだけ寂しさも感じるのも事実です。

監視カメラが犯罪を抑止し、
また様々な事件の解明に役立っている事実は否めません。
それでも「なんだかなぁ」と思う心も否定できないのです。

誰かに見られているからする、しない、
誰も見ていないからする、しない、
誰でも少なからず持っている状況倫理なのかもしれません。

 「わたしの目には、あなたは高価で尊い。
  わたしはあなたを愛している」イザヤ43:4

他の誰かが見ていなくても、神様のまなざしは私たちに注がれています。
それは「罪を犯しているだろうか」という監視のまなざしではありません。
私たちを高価で尊いものとして、愛のまなざしで見つめておられるのです。

そんな神様のあたたかいまなざしがあることを知っているとき、
私たちは誰の目にとまらなくても神様に喜ばれることは行いたいし、
誰が見ていなくても神様の悲しむことはしたくありません。

人が人として歩むために真に必要なものは、
監視のまなざしではなく、愛のまなざしだろうと思うのです。



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