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北の大地で 星を数えながら

~日々の出来事や感じたこと、聖書の言葉など 小さくても星のようにキラリ☆光ることを 分かち合えればいいなぁ~

順境と逆境

先週、朝の祈りの中である方のためにとりなしていた時、
1つの聖書の言葉を思い起こしました。

「順境の日には楽しめ、逆境の日には考えよ。
  神は人に将来どういう事があるかを、知らせないために、
   彼とこれとを等しく造られたのである」 伝道の書7:14

 (私は基本的に口語訳聖書で育ちました。
  新改訳聖書や新共同訳聖書では、微妙にニュアンスが違います)


とりなして祈っている方2名の名前に、
この聖書の言葉の一字が入っているから思い出したのでしょう。

特別講師のある婦人の牧師が、上記の言葉を語られたのを覚えています。
中学生だった私は、「彼とこれ」とは「順境と逆境」ということを知り、
人ではないのに「彼」という人称代名詞を使うことに驚きました。

また「彼とこれとを等しく造られたのである」に納得いきませんでした。
私が信じている神様が、順境と逆境を等しく造られたって、
それでは何となくプライス・マイナス「0」のような感じがしました。
逆境があっても、それを上回る順境を神様が与えてくれるはずだ、
中学生の私はそんな風に思っていたのです。

書斎の窓から
(先週、書斎の窓から見えるお隣の芝桜、ツツジ、公園の桜、タンポポ)

その後、私にも私なりの順境や逆境がありました。
そして周りの方々で、どう声をかけて良いのか分からないほど、
何年も何年も痛みを抱えなければならない逆境の日を過ごしている方、
「どうしてですか神様」と問わずにはおれない逆境、
出口の見えないトンネルをくぐっている方のために祈ってきました。

そんな時、こんなに辛い大きな逆境を通っても、
神様は同じだけ反対側の大きな順境を造って下さるお方である、
ということを思い起こし希望をもって祈り続けることができました。

また順境と逆境が等しいということは、
決してプラスマイナス「0」で何もなくなってしまうのではなく、
それだけ神様を体験する恵みの幅が大きいということなのでしょう。

ロマ書8章では、どんな患難も苦しみも、それがどんなに高く深くても、
キリスト・イエスにある神の愛から私たちを引き離せないと宣言しています。

またエペソ3章では、キリストの愛の広さ、長さ、高さ、深さを理解し、
人知をはるかに越えたキリストの愛を知るように祈っています。

どんなに深い逆境であったとしても、そこまで、否、
それ以上に深く深く注がれていくキリストの愛があるということです。
神様の恵みの幅が大きいということは、
それほど深く大きく神様の愛を体験するということでしょう。

病や試み、逆境の中にある方々のために、
今日も希望をもってとりなし続けていきたいと思います!



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