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北の大地で 星を数えながら

~日々の出来事や感じたこと、聖書の言葉など 小さくても星のようにキラリ☆光ることを 分かち合えればいいなぁ~

神様の「分かるよ」

昨日の記事、大先輩の「分かるよ」を思い起こしつつ、
先週、教会前の河原の土手をジョギングしていました。
その時、1つの聖書の言葉を思い起こしたのです。

「この大祭司は、わたしたちの弱さを思いやることのできないようなかたではない。罪は犯されなかったが、すべてのことについて、わたしたちと同じように試錬に会われたのである」 ヘブル4:15


この大祭司とは、主イエス・キリストのことです。
神の子である主イエスが、人の子としてこの世に生まれました。
そして罪は犯されませんでしたが、
すべてのことについて、私たちと同じように試練に会われました。

だからこそ主イエスは、私たちが試練の中を通ること、
人の世の不条理の中にいること、一生懸命してきたのに報われないこと、
誤解されていること、人知れず重荷を背負っていること、
そういうことを同じように、否、それ以上に体験されたので、
私たちの弱さを思いやって下さるというのです!

つまり主イエスは、私たちがしんどい時、作り笑いをしている時、
人には言えないことを抱えている時、
また誰にも分かってもらえないような時、
私たちのすぐそばで「分かるよ」と言って下さるお方なのです。

聖会の全体写真

聖会で先輩の先生から語られた「分かるよ」という言葉から、
たとえ誰にも分かってもらえなくても、
主イエスは私の弱さを「分かるよ」と言って下さる、
その声を聖書からまた祈りの中で私はちゃんと聞いているか、
そんなことをジョギングしながら自分に問いかけていました。

そして主イエスの「分かるよ」という思いをしっかりと受けとめるなら、
もう弱さの中に埋没してしまうことはなく、
前を向いて歩み始める一歩を進んでいるのでしょう。

後で聖書を開くと続く16節にこう記されていました。

「だから、わたしたちは、あわれみを受け、また、恵みにあずかって時機を得た助けを受けるために、はばかることなく恵みの御座に近づこうではないか」  ヘブル4:16


「分かるよ」と言って下さる神様は、
時期を得た助けをも与えて下さるというのです。
「今」ではなかったとしても、ベストなタイミングで、
神様の助けが与えられる・・・感謝だなぁと思います。



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