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北の大地で 星を数えながら

~日々の出来事や感じたこと、聖書の言葉など 小さくても星のようにキラリ☆光ることを 分かち合えればいいなぁ~

主イエスのとりなし

へブル7:24-25、ロマ8:34に、
昇天された主イエスは、天において今も私たちのために
とりなしの祈りをされていることが記されています。

ヘブル7章とロマ8章の主イエスのとりなしに気づかされたことは、
私の信仰生活の大きな大きな土台となっています。

聖会などに行き、前の方に進み出て恵みの座で祈ります。
青少年時代、講師の先生が手を置いて祈ってくれるのを、
薄眼を開けながら「お、もうすぐだ」と思いながら待ち(笑)、
祈っていただくととっても感謝な思いになります。

もちろんそのこと自体は、感謝なことなのですが、
基本的には誰に祈ってもらったから効果があるということではありません。
(大胆な発言!)「誰に」祈ってもらうではなく、
主イエスの名で祈ること、このことに力があります。

8:34

確かに私のために日々祈って下さる方々がいる、
このことは大きな感謝ですし、聖書は互いに祈り合うことを勧めています。

そして誰かに祈っていただいているということと同時に、
主イエスが私のために、今日も、今も、神の右に座して祈っておられる、
このことこそ、私の信仰生活の大きな土台となると信じています!

私はこのことをユージン・ピーターソンから教えられました。

「祈りは自らの存在の中心だ。・・・・ぼくたちが追い求めているのは、聖パウロの『絶えず祈れ』という態度だ。これには疑いの余地はないと思う。

 ただ意志の力だけで、あるいは祈りの時間を増やそうと時間管理表を作り努力することで、『絶えず祈る』ことができるようになるかどうかは疑わしい。

 今、君に望むことは、運転席をおりることだ。なぜなら祈りとは、君のうちに働く聖霊のわざなのだから。確かに君もその働きに加担はしているが、その中心ではない。

 祈りについて知っておくべき最も重要なこと、それはイエスが祈っていてくださるということ、君のために『いま、この瞬間にも祈っていてくださる』ということだ。・・・・・

 イエスが祈っていてくださる、この現実を黙想しながら生活するんだ。『イエスが私のために祈っていてくださる。』だから楽な気持ちでいればいい。より良く祈ろうなどと気負わなくてもいいのだ。イエスが働いてくださる。彼は君に愛想をつかして放り出すようなことは決してなさらない」 ユージン・H・ピーターソン『信仰の友への手紙』いのちのことば社、2001年、p.38-39


今日も主イエスが私のために祈って下さっている、
だから私は安心して今日という日を歩むことができるでしょう。

さらに言えば、聖霊も私のためにとりなして下さっている(ロマ8:26)、
だからこそ祈りを通して主との交わりを深めていけるのでしょう。


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