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北の大地で 星を数えながら

~日々の出来事や感じたこと、聖書の言葉など 小さくても星のようにキラリ☆光ることを 分かち合えればいいなぁ~

ふつつかな僕(しもべ)

2011年の終わり、朝の祈りの中で、教会のことなどを祈っていた時、
ルカ17章10節(口語訳)が思い起こされました。

同様にあなたがたも、命じられたことを皆してしまったとき、
『わたしたちはふつつかな僕です。すべき事をしたに過ぎません』と言いなさい。


今までは、この言葉を優等生的な発言として感じていました。
でもこの日の朝、恵みの言葉として私に迫ってきたのです。

1年を通して、私なりにそれなりに頑張ってきたつもりでいました。
それでも前進よりも停滞、あるいは後退しているように見えること、
そういうことがらも思い返していました。

そして同時に、私は本当に「すべき事をしたのか?」と
上記の主イエスの言葉が私への問いかけのように思い出されました。

頑張ったと言っても、あくまでも「私なり」「それなり」であり、
本当に主が願っていることを成し得たかどうかと問われれば、
はなはだ心もとないものなのです。

私が善いと思ってしたことが、神の善ではなく、
独り善がりであったこともたくさんあったと思うのです。

水曜日の年末感謝祈祷会では、綾小路きみまろのように、
「一言多かった事を心からお詫び申し上げます」と言うのと同時に、
「一言の言葉が足らず、嫌な思いをさせたかもしれません。
 どうぞお赦し下さい」と言いました。
そして1年間、伝道者の働きを支えて下さったことに感謝しました。

2011教会標語②
(毎週の礼拝で告白し続けた2011年の御言葉)

そんな私にある方が代表して、その夜集えなかった方々の気持ちも込めて
「私たちの方こそ、1年間、私たちのために祈って下さり感謝します」
と言ってくれました。ありがたい言葉です。

自分はあれもこれもどれもそれもやってきた、
そんなことはとても言える者ではありません。
すべきこともきちんと成し得たかどうか分からない私です。

もし少しでも主のために、主が出会わせて下さった方々のために、
主の喜ばれる何かを少しでもすることが出来たなら、
用いて下さったのであれば、それだけで大いに喜ぶべきことです!

だから年末感謝祈祷会で言われた言葉に対しては、
「すべきこともどこまで出来たか分からない
 ふつつかな僕(しもべ)です。
 もし皆さんが感謝して下さることをしたとするならば、
 まさにすべきことしたに過ぎないのです」、そんな気持ちです。

年末感謝祈祷会後に、1年間ほんとによく私を支えてくれた妻にも、
いつもは品物(食べるもの!)で感謝を表す(誤魔化す?)のですが、
言葉で心からのお礼を(恥ずかしいのでさらりと)言いました(笑)

私はすべきこともしていない、ふつつかな僕(しもべ)なのですが、
今年1年間も神様は常に真実の限りを尽くして下さいました。
主に感謝しつつ年を越し、新しい年を迎えたいと思います。

2012元旦・新年礼拝の案内

今年も火曜日から土曜日まで、週に5日更新しているこのblogを、
愛読(?)して下さった方々にも感謝します。
独り善がりのことを言っていることも多いのですが、
私が日々体験している神様の恵みを少しでも分かち合えたなら、
これにまさる喜びはありません。

明日は、主の年2012年です。
初詣はどうぞお近くの教会へお越し下さい!
北見神愛キリスト教会では、午後2時から元旦・新年礼拝です♪



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