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北の大地で 星を数えながら

~日々の出来事や感じたこと、聖書の言葉など 小さくても星のようにキラリ☆光ることを 分かち合えればいいなぁ~

よくよく言われたこと

ヨハネ21章18節を大切にしているキリスト者は少ないかもしれません。

「よくよくあなたに言っておく。あなたが若かった時には、自分で帯をしめて、思いのままに歩きまわっていた。しかし年をとってからは、自分の手をのばすことになろう。そして、ほかの人があなたに帯を結びつけ、行きたくない所へ連れて行くであろう」



この言葉、好きですか?
子どもも、青年も、大人も、年輩者も、
みんな自由に、思い通りに生きたいはずです。

食べたいものを食べ、行きたいところに行き、やりたいことをする、
誰にも迷惑をかけないのら、それでいいじゃないかと思います。

(月曜日、紋別へ行ってきたのに、美味しいカマボコを食べず、
 つるつる温泉にも入れずに帰ってきたこを少々残念に思う私・笑)

ただ年をとるということは、すなわち年齢を重ねて成熟していくことは、
行きたくないところに喜んで行き、やりたくないことも進んでする、
自分の思い通りにいかないことを受け入れて、
尚、そこで希望を見出していく、それが成熟ということでしょう。

そうと分かっていても、「よくよく」(口語訳)言われたこの18節、
「はっきり」(新共同訳)、そして「まことに、まことに」(新改訳)と、
主イエスが「アーメン、アーメン」と言われたこの18節に、
私は「アーメン」と言っているだろうかと自分自身を見つめます。

でも、18節は19節とセットなのです!

「これは、ペテロがどんな死に方で、神の栄光をあらわすかを示すために、お話しになったのである。こう話してから、『わたしに従ってきなさい』と言われた」



死に方とは生き方のことでもあります。
ペテロは自分の行きたくない所に連れていかれるようになる、
そういうペテロの生涯を通して、神の栄光が現れたのです!

ペテロは単に嫌々渋々、いつも眉間にしわを寄せながら、
主イエスに従ってその生涯を歩んだのではありません。

主を愛して、主イエスに従って生きたからこそ、
その人の人生に神の栄光、すなわち神の素晴らしさが現れたのです!

「自分の思い通りではなかったけれど、神様はこんなことをして下さった!」、
「イエス様って素晴らしいでしょう!」、そう言わずにはおれないことが、
主に従う者の人生に与えられていくことを感謝しながら歩ませて頂けるのです。

十字架のそばで

そういうことを分かち合った日曜日の礼拝、
ペテロのように通りたくないところを通り、紆余曲折を経たけれど、
それでも主イエスを愛し、主の言葉に従ったからこそ、
その生涯に神の栄光が現わされた1人の方のことを、
私たちは教会全体として喜び、大きな感謝を主に捧げました♪
(その内容は、また明日の記事で!)

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