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北の大地で 星を数えながら

~日々の出来事や感じたこと、聖書の言葉など 小さくても星のようにキラリ☆光ることを 分かち合えればいいなぁ~

秋がきた

東北や北海道では「おはようございました」とか、「おばんでした」など、
いきなり過去形を使われる世代(?)の方々がおられます。

電話を受けていきなり「はい、鈴木でした」なんて言われると、
「あー、そうでしたか」と会話が終わってしまいそうですね(笑)

ちょこっと調べてみると、「た」は過去形ではなく、
相手に対する丁寧な表現のようなのです。

そうすると時々指摘される「注文は以上でよろしかったでしょうか」、
という言葉も、目くじらを立てる必要もないですね。

だいたい「た」がつくと「過去形」なんて、国語の時間には教えないはずです。
それは中学2年生の英語の時間に、過去形を「た」で訳すように習ったことで、
西欧合理主義的な文法の考え方が日本語に入ってきたのでしょう。

プラットホームで「電車が来た」と言えば、誰も過去形に理解しません。
むしろまだ電車は来つつあり、来ていなくても「来た」と言います。
過去も現在も未来も、1つのものとしてとらえているのでしょう。

walk

「主イエスを信じて良かった」は過去形でしょうか?
もちろん、日本人なら誰も過去形に理解しません。
「現在完了」って言ってしまうと、完全に頭の中は英語文法ですね。

主イエスを信じた過去の一時だけ良かったのではなく、
また過去にどんなに辛いことがあったとしても、
そして今も、これからも、「主イエスを信じて良かった」と言える、
そういう人生を主イエスが与えて下さっています。

主イエスが「時が満ちて、神の国が近づいた。
悔い改めて福音を信じなさい」(マルコ1:15)と言われたのは、
過去も現在も未来も全部、ひっくるめての救いの宣言のはずです。

秋がやってきました。
これは過去形ですか?(ちょっとしつこいですね・笑)

私たちが「暑い、暑い」と言う4ヶ月前から、
すでに収穫の秋、実りの秋が始まっていたのです。
そういう共々に喜ぶ秋になったのです!

「あなたがたは、刈入れ時が来るまでには、まだ四か月あると、言っているではないか。しかし、わたしはあなたがたに言う。目をあげて畑を見なさい。はや色づいて刈入れを待っている。刈る者は報酬を受けて、永遠の命に至る実を集めている。まく者も刈る者も、共々に喜ぶためである」ヨハネ4:35-36


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