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北の大地で 星を数えながら

~日々の出来事や感じたこと、聖書の言葉など 小さくても星のようにキラリ☆光ることを 分かち合えればいいなぁ~

どちらが良いでしょう?

 7月28日は、暑い日曜日でした。それは気候のせいもありますが、第7回チャペルフェスティバルがあったからです!外はもちろんのこと暑かったのですが、部屋の中も熱気でむんむん。しかし、クーラーが2台あったので助かりました。また後日にチャペルフェスティバルの報告をします。以下は、礼拝メッセージの断片集です。

20190728
(250字のエッセンスは、コチラ

 人は、衣食住があれば生活することはできますが、衣食住が足りればそれで済むでしょうか。生活するということと、本当により良く生きているということには、違いがあるでしょう。

 箴言17章1節に「一切れのかわいたパンがあって、平和であるのは、ごちそうと争いに満ちた家にまさる」と記されています。

 皆さんはどちらを選ばれるでしょうか。貧しいけれど食べるものがあり、そして家族は平和、仲良し、家に帰るとホッとする家庭。一方、いつも美味しそうなご馳走がいっぱいで、でも喧嘩が絶えない、食事の時も批判し合ったり、もしくは無言、そういう家庭。どちらが良いでしょうか?ここでご馳走を選ぶ人は、よっぽど食い意地がはっているのかもしれませんね(笑)ただ、ご馳走でお腹は満ちるかもしれません。しかしそこに争いばかりがあったなら、魂は満たされないでしょう。



AかBか

 「あなたのむちとあなたの杖、それが私の慰めです」とあります。このムチとは、羊を打ち叩くものではなく、外敵から羊を守るために使われるものでしょう。また「杖」は、羊が道をそれていかないように、羊をやさしく導くために使われるものと言われています。羊飼いである主イエスは、私たちを守り導かれます。主イエスと共に歩む時、「あー主が守ってくださった」と思わずにはおれないことが多いのです。

 私は礼拝に集われる皆さんのことを思いながら、主が共におられ守ってくださっていると思わずにはおれないことが多くあります。「これは主だなあ」と、つくづく思います。あの時も、この時も、主が私と共にいて、確かに私を守り、慰め、励ましてくださったということがあるでしょう。そしてこれからも、主イエスは信じる者と共にいて、危険や罠から守り導いてくださるのです。私たちの目に見えている部分は一部分で、天国に行った時、私たちはきっと大きく驚くでしょう、「自分の知らないところで、主がこんなに私を助け、守ってくださっていたのか」と。



(1日1章 Ⅱ歴35章「彼らを励まして」)

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