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北の大地で 星を数えながら

~日々の出来事や感じたこと、聖書の言葉など 小さくても星のようにキラリ☆光ることを 分かち合えればいいなぁ~

榎本先生の言葉

高校生の時から、「なるほど~」、「そうですね」と、
教えられた言葉などをノートに綴るようにしてきました。

途中、ブランクがあったのですが、現在もノートに書き留めたり、
「OneNote」に打ち込んだりしています。

榎本師の言葉

そういうノートをパラパラとめくりながら、週報の差し込みに
曽野綾子さんや三浦綾子さんの言葉を紹介してきました。
そして先週は、榎本保郎先生の言葉を紹介しました。

 ■ 愛は、自分の立場にたてば生まれてこない。
   自分が生きたまま人を愛しているのは、
         自分を愛しているのにすぎない。

 ■ 信仰とは、自分の現実にとどまらず、
    神が共にいましたもう現実に生きることである。

 ■ 祈りの欠如は、祈りを必要としない信仰態度に問題がある。

 ■ 暗黒の中にあることが不幸ではない。こうした時に、
   なお自分を力づけて下さる方を知らないことが、本当の不幸だ。

 ■ 失敗が悪いのではない。失敗を悔い改めないのが悪いのである。

 ■ 聖書のすばらしさは、その内容にあるのではない。
   聖書のすばらしさは、神が共に働いて
     その確かなことをお示しになるところにある。

 ■ 寛容でおれないのは、
    自分の立場がなくなるという恐れがあるからである。
   寛容な人は勇敢な人である。寛容になれないのは臆病だからである。
    神が自分を守っていて下さるという信仰に立ったとき、
      私たちは人を迎え入れていくことができる。


何度も何度もノートを見返してきましたが、
この言葉のように生きてきたかは心もとないものです。
ただ、今読んでも「そうだなぁ」と思います。

昔の牧師は、けっこう厳しいことをはっきりと言っていたのですね。
それだけ一本筋の通った信仰を持っておられたのでしょう。

言葉ノート

高校生時代の私の懐かしい癖字を見ながら、
洗礼を受けたばかりのあの頃、聖書と共に榎本先生の『一日一章』を読み、
『ちいろば』、『ちいろば余滴』や『ふつか分のパン』を、
泣き笑いしながら読んだことを思い出していました。

純粋だったあの頃の思い、初めの愛を思い出しながら、
明日も兄姉と共に礼拝を捧げます!

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