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北の大地で 星を数えながら

~日々の出来事や感じたこと、聖書の言葉など 小さくても星のようにキラリ☆光ることを 分かち合えればいいなぁ~

忍耐と励ましの神

神学生の頃、私たちのグループの創立者であるY先生とのお交わりで、
「揺れ動く時など、教会はロマ書に帰ったら良い。
 歴史的にも、教会は何度も何度もロマ書に帰ったんじゃ」
と話して下さった言葉を忘れることができません。

特に揺れ動いていたわけではありませんが、
教会が「祈りと御言葉」を大切にすることを確認するために、
昨年の1月から祈祷会でロマ書を分かち合ってきました。

1年以上かけて、15章半ばぐらいまできました。
全部で50回を越えるぐらいの回数になるでしょう。

ロマ書を終えると、今のペースで「Ⅰコリント」いくか、
それとも思い切って聖書全巻を1回ずつ解説しようか、
あるいは何かのテキストや本を用いようかと、
祈りつつ、考えつついます。

人数は少なくても、聖霊に導かれて祈る時間を大切にしています。
1時間半の祈祷会で、約30分の聖書の時間です。

忍耐と励ましの神

遠方、高齢、体調などの理由で来れない方々のためにも、
B5裏表でメッセージの内容をまとめています。

妻がある時、「この内容は、とっても分かりやすいし、恵まれる。
これは続けていった方がいいね」と仰られました!

そんな妻の励まし(おだて?)に、見事に乗せられていますが、
説教者の恵みは、やはり聖書をじっくりと味わえるところにあります。

先々週は、15:1-6を「忍耐と励ましの神」という主題で分かち合いました。

「昔書かれたものは、すべて私たちを教えるために書かれたのです。それは、聖書の与える忍耐と励ましによって、希望を持たせるためなのです。どうか、忍耐と励ましの神が、あなたがたを、キリスト・イエスにふさわしく、互いに同じ思いを持つようにしてくださいますように」


聖書から、励ましの声を聞こうとしますし、
聖書を通して希望を持たせていただきたいのです。

しかし聖書は、忍耐と励ましによって希望を与えること、
私たちの神が「忍耐と励ましの神」と記されていることに気づかされました。

聖書や神から励ましと慰めだけを求めていて、
忍耐する力を求めないので、結局のところ赤ん坊のように、
嫌なことがあれば泣き出して母親にあやしてもらうような信仰生活になります。

あやしてもらうと、一時は泣き止むのです。
しかし忍耐が養われていないから、また何かあると励ましだけを求めます。

聖書が教える忍耐は、我慢ではありません。
主からの励まし(慰め)があるので、必ず希望が生まれます(5:4)。

私は、状況改善、物事が上手くいくようにということ、
そして励ましや慰めの言葉を求めていることが多く、
「希望へつながる忍耐」を祈りの中で求めてこなかったと悔い改めました。

明日も礼拝の中で、「忍耐と励ましの神」を共に仰ぎながら、
大きな希望を皆さんとご一緒に持たせていただきたいと思います♪

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