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北の大地で 星を数えながら

~日々の出来事や感じたこと、聖書の言葉など 小さくても星のようにキラリ☆光ることを 分かち合えればいいなぁ~

「よろしく」考②

謹呈
先月の終わり、K牧師が1冊の冊子を謹呈して下さいました。
日々聖書を読む時のガイドとなる「マナ」という月刊誌です。

K牧師が、5月号の後半部分を執筆されたとのことで、
出版社から著者へ多くの部数を送られてきたのでしょう(推測!)。

「ヤコブのように どん欲なまでに主を求め、
 恵まれ、主に用いられますよう祈っています」


というK牧師の私への手書きの一文が添えられていました。

私はつい最近まで、旧約聖書のヤコブという男が嫌いでした。
なぜ神がヤコブを愛されるのか、私にはよく分かりません。

しかし、ヤコブがイスラエルになるということ、
そして虫にも等しきヤコブとは、私のことだと思い至り、
以前のようにヤコブに対する蔑視(!?)が無くなりました。

そんな私の思いを知る由もないK牧師の言葉に驚きつつ、
デイリーブックという冊子の意図に反して、
早速、K牧師が記されたところのみ読んで大いに教えられました。

マナ5月号

責任逃れ
K牧師は、森本哲郎氏の言葉を引用しながら、
昨日の記事で触れた「よろしく」ということについて記されてたのです!

 日本語や日本人論などに関する多くの本の著者である森本哲郎という方は、パリに滞在していた時、「ぼくの知人がパリへ行く。よろしく」という手紙を友人から受け取って、「よろしく」とは何を要求しているのか、「空港まで出迎えてほしい」のか「ホテルをとっておいてもらいたい」のか「パリを案内してやってくれ」というのかさっぱり見当がつかず、思い悩んだ末、何もしないことにしたそうです。そのあとで、「よろしく」ということばは実に曖昧な日本語の代表格で、相手の意志や判断を尊重しているようで、実は、責任を相手に押しつけることによって、自分の責任を逃れようとする呪文ではないか、とさえ言っています。筆者も年賀状に「本年もよろしく」とよく書きますので、なるほどと思うことがあります。 『マナ』2013年5月号、p.149



昨日記した「~によろしくお伝え下さい」と「よろしく」のみでは、
少々意味合いが異なりますが、根本に流れているものは同一でしょう。

その「よろしく」について、森本哲郎氏は、
「自分の責任を逃れようとする呪文ではないか」と述べているとのこと。

K牧師の紹介された文面だけからは、全てを判断しかねるので、
いつかK牧師に森本氏のどの書籍に載っていた言葉か尋ねようと思います。

私と同じように「よろしく」について考える人がいたんだぁと驚き、
しかし同時に、こういう細かいことを言っていると、
妻(女性)に煙たがられるという事実もわきまえながらblogに記しています。

なるほど
それはそうとして、K牧師の最後の文章に
「なるほど思うことがあります」と記されています。

これはK牧師らしい表現で、肯定しているのか、それは全面的な肯定なのか、
部分的なものか、賛成ではないけれど「そうも考えられる」といううなずきなのか、
それこそ「よろしく」に通じる曖昧な表現だなぁと思います。

日本人は、こういう曖昧な表現が好きなんでしょうね。
どこかお茶を濁すというか、波風を立てないというか。
私も、そういう意味では日本人していますね~。

K牧師へのお礼状には、
「よろしく」について考えさせられたことを記し、
「今後とも宜しくご指導下さい」と結んでおきました!

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