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北の大地で 星を数えながら

~日々の出来事や感じたこと、聖書の言葉など 小さくても星のようにキラリ☆光ることを 分かち合えればいいなぁ~

角が立ち、流され、窮屈に

「山路を登りながら、こう考えた。智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。」


高校時代、国語の時間に習った夏目漱石の『草枕』の冒頭部分。
有名な言葉ですが、『草枕』の全文を未だに読んではいません。

「知(智)・情・意」を用いて、なるほどと思う文章です。
「意地を通せば窮屈だ」は、そのまま現代人にも分かりますが、
「智に働けば・・・」と「情に掉させば・・・」は、以下のような意味です。

(ちなみに「流れに棹さす」、「役不足」、「気が置けない」、
 「情けは人の為ならず」などは、高校国語の試験問題によく出題され、
 また誤用されて用いられている言葉ですね。日本語は難しい!)

「理知だけで割り切っていると他人と衝突するし、
 他人の感情を気遣っていると、自分の足元をすくわれる」
                        提供元:「デジタル大辞泉


この数ヶ月、『草枕』の冒頭部分がよく思い出されます。
私はどちらかと言えば理屈っぽい人間です(blogで分かりますね・笑)
しかし、意外に(?)情に厚いところもあるようです、多分。
もちろん意志が意地になることもありますね~。

その結果、角が立ったり、流されたり、窮屈だったり・・・。
とかくに「あー、面倒くさー。しんどー、もう嫌だ」という感じです。

truth

キリスト者として、真理に立ち続けていきたいのです。
真理とは公には出来ない隠れた陰湿さではなく、
人の目を恐れない愛という光に導かれます(ヨハネ3:21)。

真理に立ち続ける時、真の自由があります(ヨハネ8:32)。
真理は、私を聖別します(ヨハネ17:17)。

真理に従う者は、真の力があります(Ⅱコリ13:8)。
もし私の気持ちが弱々しい時、真理からずれているのでしょう。

真理に立とうとする時、信仰が不可欠でしょう(Ⅱテサ2:13)。
悔い改めの心と真理はつながっています(Ⅱテモテ2:25)。
真理に従う時に、真の兄弟愛を持ち続けられます(Ⅰペテロ1:22)。

真理とは、理屈で知っていくものではないでしょう。
父なる神の真実を思い、真理である主イエスを人格的に知り続け、
真理の御霊に満たされ続ける時に、真理に立ち続けられるのでしょう。

筋を通して角が立っちゃうと、ゴツゴツして心が痛いんです。
情に流されてしまうと、不安定で心が揺れ動くのです。
意地を通して窮屈になり、イライラしてしまいます。

そんな住みにくいと思う人の世において、
ピラトが不思議に思うほどの真理に立つ主イエスの静けさを、
聖霊によって私も持たせて頂きたいのです。

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