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北の大地で 星を数えながら

~日々の出来事や感じたこと、聖書の言葉など 小さくても星のようにキラリ☆光ることを 分かち合えればいいなぁ~

災いではなく 【No.118】

今週の礼拝メッセージで分かち合ったことの1つに、
「災いの除去ではなく、罪の除去」を求めること、がありました。
ちょっと固い日本語になってしまったのですが、
大切なことだなぁと思います。

私たちが逆境や試練、災いの中にある時、
そこから脱出したいと願いますし、神様に助けを求めるのも当然のことです。
もちろんそれは間違いではありませんし、私もそう願い、祈る者の1人です。

そのことを認めつつも、私たちの信仰の先輩たちは、
逆境や災いが取り去られることをのみ祈り、願わなかったということも、
神の言葉である聖書に記されている真理として認めることが大切です。

090913

汚らわしい店、いかがわしいもの、性的な乱れのニュースを聞いてどう思うでしょうか。
アブラハムは、罪に満ちたソドムとゴモラの街が滅びて当然だとは思いませんでした。
50人、45人、40人・・・主よ、滅ぼさないで下さいと、神の前に立って祈りました。

自分に対していつも批判をしてくる人々をどう思うでしょうか。
モーセは、自分に対してブツブツ言ってくる約70万人のイスラエルの民に対して、
「神様、彼らの口を黙らせて下さい」とは祈りませんでした。
むしろ「今もしあなたが、彼らの罪をゆるされますならば――。
しかし、もしかなわなければ、どうぞあなたが書きしるされたふみから、
わたしの名を消し去ってください」と神の前で祈りました。

自分に嫌がらせをし、攻撃してくる人々をどう思うでしょうか。
ステパノは、自分に向かって石が投げられている最中(さなか)にあって、
「この迫害を止めさせて下さい。石が当たらないように」とは祈りませんでした。
神の右におられる主イエスを見つめながら、ひざまずいて、大声で叫びました。
「主よ、この罪を彼らに負わせないで下さい」それがステパノの最後の言葉でした。

一刻も早く抜け出したい悪環境に無理やり入れられたらどう思うでしょうか。
パウロは何度も投獄され、ムチ打たれました。劣悪な環境の獄中です。
しかし獄中書簡には一言も「この獄から早く出れるように祈って欲しい」
とは記されていません。
むしろ自分が鎖に繋がれても、神の言葉は繋がれてはいない、
「大胆に神の言葉を語れるように祈って欲しい」と手紙に記しました。
そして同胞の救いのためならば、「この身が呪われても構わない」と言いました。

神の前に立つ者の歩みは、「災いを何とかして下さい」という祈りよりも、
「人々の罪を赦し、救って下さい」という祈りがなされています。
それは起こってくる逆境や困難が真の災いということではなく、
神と人との間を隔てている罪こそが真の災いであることを知っていたからだと思います。

聖なる神、主の前に立つ者の歩みは、常に自らの罪に対しても敏感であり、
そして人々の罪のためにとりなしていく、そのことが第一の願いと祈りになっているのでしょう。

そしてまさしくそれは主イエスの歩みであり、
そういう歩みを神の御霊によってクリスチャンはさせて頂けるのでしょう。


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