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北の大地で 星を数えながら

~日々の出来事や感じたこと、聖書の言葉など 小さくても星のようにキラリ☆光ることを 分かち合えればいいなぁ~

一本のマッチ棒

明日の礼拝は、午前10時からとなります。
夜から札幌で北海道聖会があるために、いつもよりも早い礼拝を捧げ、
札幌に向けて出発します!お間違いのないように。

先々週の日曜日の礼拝で、その日の御言葉にならって
主の名を切に呼び求め、てお互いのために祈り合う時を持ちました。

10数人という少ない人数だからできることですが、
1人1人のために、お互いが具体的に主の名によって祈り合いました。

第59回北海道聖会ポスター

その後、礼拝が終わって皆さんとお茶を飲みながら団らんをしていると、
何とSさんのために祈った1つのことが実現するかのような、
不思議なことがその日の午後にありました!

Sさん自身は、ひょうひょうとしていましたが、
心を合わせて祈られた皆さんは驚き、桃の木の世界でございました♪

私としましては、北見に来てからSさんのことを思い祈り続けて5年目、
祈祷会でも信じて、希望をもって祈り続けてきたことなので、
不思議な形で不思議な方法を通して、
主が生きておられることを思わずにはおれませんでした。

宮村武夫先生の「一本マッチと信仰」という文章を思い出しました。
高校生時代の文章のようです。
(1956年に日本AG小岩教会少年部が発行した『のぞみ』が、
 初出だということも、本文と共にしみじみ感があります)

「寒い夜ストーブの石炭をがんがん燃やした時、また真っ暗な小屋の中でランプに火を点したとき、そのために用いた一本のマッチの熱や光を無駄にしてしまったとは、我々は決して考えない。なぜなら、石炭に一度火がつけばその熱エネルギーが、また石油ランプ(に)火がつけばその光が、一本のマッチと比較にならない程大きなものである事実を我々は知っているから。

 我々クリスチャンの祈りが、この一本のマッチの役割を果たしているのではないかと思う。

 祈っている時、こんなことをしているのは全く無駄だ、単なる時間の浪費ではないかと思う時があるかも知れない。また祈りなど一時の気休めではないかと言われ、自分でそう思う時があるかもしれない。

 しかし我々天地万物の造り主である真の神を信る者にとって、救い主イエス・キリストの御名を通して祈る祈りは、実にこの一本のマッチの役割を演じている。一本のマッチの役割を演じている祈りは、いくら小さくとも、神様が目をとめて下さったなら、我々の想像もつかない力が送られてくるに違いない。現にその偉大なる力は多くの人々の上に注がれてきた。・・・・・・・・・・」 『宮村武夫著作5 神から人へ・人から神へ』ヨベル、2010年、348頁



無駄にはならない一本のマッチ棒としての祈りと、
復活の主の栄光が現されていく礼拝を明日も捧げます♪
10時からです。

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