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北の大地で 星を数えながら

~日々の出来事や感じたこと、聖書の言葉など 小さくても星のようにキラリ☆光ることを 分かち合えればいいなぁ~

おつかれさまとHAPPY

「一日に何度も繰り返すその言葉
 もしかしたら『こんにちわ』よりも多いくらい
 その人の疲れに『お』まで付けて『さま』まで付けて
 『おつかれさまです』と声かける僕らの日々」


いつの間にか全国区になっていた斉藤和義の、
おつかれさまの国」という曲の冒頭。

ドリンク剤のCMで流れていたようで、
曲は斉藤和義ですが、歌詞は他の人のようです。

人は疲れます。いろいろとあります。
そして疲れた時には休みが必要なのです。当然です。
安息日に神様が休まれたように、私たちにも休みが必要なのです。

20131027

しかし聖書日課の創世記を読みながら教えられたことは、
神様は疲れたから休まれたのではないということ。
6日目に造られたアダムにしても、疲れてなんかいませんよね。

だから事の本質は、疲れたから休みが必要なのではありません。
主と共に主の御業を喜ぶことや、主の祝福に感謝することを忘れ、
そして礼拝を忘れてしまうから、全身全霊が疲れてしまうのでしょう。

それは単なる体の疲れではなく、命の疲れでしょう。
お互いに「おつかれさまです」とねぎらうことも必要でしょうが、
安息を与える主につながる時にこそ、真の癒しが始まります。

そういうことを、今週の礼拝で分かち合ったその日の午後、
牧師室でコーヒーを飲みながら、人生の先輩が話してくれました。

「牧師!僕はHappyです。まだ整理できないところもありますが、
 こうやって礼拝に来れること、僕はHappyです」と言われました。
難病を抱えながら「Happyです」と言えること、何と幸いなことでしょうか。

「すべて重荷を負うて苦労している者は、わたしのもとにきなさい。あなたがたを休ませてあげよう。わたしは柔和で心のへりくだった者であるから、わたしのくびきを負うて、わたしに学びなさい。そうすれば、あなたがたの魂に休みが与えられるであろう。わたしのくびきは負いやすく、わたしの荷は軽いからである」マタイ11:28-30



主のもとにいく時、天地創造の7日目のように魂に平安が与えられ、
重荷が重荷ではなく、軽くなっていきます!
「おつかれさま」なのですが、「HAPPY」なのです。
さあ明日の礼拝でも、安息日の主を見上げます♪

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