FC2ブログ

北の大地で 星を数えながら

~日々の出来事や感じたこと、聖書の言葉など 小さくても星のようにキラリ☆光ることを 分かち合えればいいなぁ~

するとどうでしょう

10月の終わりに大雪の青少年交流の家で、
じっくりと、ゆったりと聖書を読んでいました。

普段は数章ずつ聖書を読むのですが、
こういう自然の豊かなところに来て聖書1冊を片手に、、
時々、第三の天に昇りながら(居眠り!)、行間にも思いを馳せながら
多くのページをめくることは、幸いなひと時です。

主からたくさんの語りかけがありました。
何度も思い巡らしたりしながら、再び聖書に目を落とします。

今回、聖書の中の「面白いフレーズ発見!」と思ったのは、
「使徒の働き」11章11節です。私は口語訳聖書に親しんできたので、
時に新改訳聖書の言い回しに驚いたり、新鮮さを覚えます。

すると、どうでしょう。ちょうどそのとき、カイザリヤから私のところへ遣わされた三人の人が、私たちのいた家の前に来ていました。」使徒の働き11:11



面白いなぁと思ったのは、「するとどうでしょう」という表現です。
ペテロとコルネリオの出来事の中で、新たな御霊の導きが始まる時の言葉です。

(私はあまり見たことはないのですが、北海道民がよく見るTV番組、
 「水曜どうでしょう」を連想されるのも何だか面白いですね)

主と深く交わり、御霊に導かれて歩んでいる時、
「するとどうでしょう!」という世界が開かれていくのです。
何と幸いなことでしょうか♪

美瑛の丘で

旧約聖書はへブル語で記されていて、
ヘブル語の「言葉」は「ダーバール(dabhar)」と呼ばれていますが、
「言葉」と「出来事」の両方の意味があると言われています。

つまり神の言葉は、出来事となる、現実となるということです。
現実に立ちながら聖書を読むことも多いものですが、
本来は聖書に立ちながら現実を見つめることが大切でしょう。

大雪山系のふもとにある美瑛の町のなだらかな曲線、
何とも言えないほどに心が落ち着くフォルムを眺めながら、
へブル11章3節を思い起こしていました。

「信仰によって、わたしたちは、この世界が神の言葉で造られたのであり、したがって、見えるものは現れているものから出てきたのでないことを、悟るのである」へブル11:3



神の言葉は出来事となる、実現していくんだなぁ、
「するとどうでしょう」という世界が開かれていくと静かに思いつつ、
私の小さなカメラではとても納めきれない、
優しい光が注がれるなだらかな美瑛の丘の風を深呼吸していました。

にほんブログ村 地域生活(街) 北海道ブログ 北見情報へ
にほんブログ村

日記 |
| ホーム |