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北の大地で 星を数えながら

~日々の出来事や感じたこと、聖書の言葉など 小さくても星のようにキラリ☆光ることを 分かち合えればいいなぁ~

夜半に起きて

このblogの内容は「日々の出来事や感じたこと」と、
「聖書の言葉など」と記しているのですが、
どうも「日々の出来事や感じたこと」の比重が多いですね。

そちらの方が読者の興味を引くところでもあるでしょう。
でも、やはり牧師として「聖書の言葉」を伝える働きをしているので、
礼拝メッセージの断片を1週間に1度は紹介していこうと思いつつ、
今年は1度だけしか記事にできませんでした(「新年の礼拝で」)。

もう一度思い直して、特別なことがない限り、
火曜日はその週の礼拝メッセージでの断片集をお届けします(多分)。

ちなみに「礼拝メッセージのエッセンス」(約250字)は、
教会のHPに毎週日曜日のお昼にUPされています。

本当は1/26のものを載せたいのですが、
今日は1/12の「天からのマナ」(出エジプト記16章)です。
今週のうちに19日、26日をUPして、来月から追いつきます!

「私たちは自分の気持ちにこだわりやすいものです。
 しかし主なる神の気持ち、神の思いにどれほど心を寄せているでしょうか。
 私たちがつぶやく時、主なる神はきっと悲しんでおられると思います。
 人はこの主の悲しみを知ることなしに、罪ということが分からないでしょう」



「『~していればよかった』とは、後悔の思いです。
 確かに人は幾つかの後悔を抱えながら生きていくものでしょう。
 しかし『あの時死んでいたら良かった』とは、後悔の行き着く果ての言葉で、
 これはのろいの言葉なのです」



「主イエスは、私たちが後悔しながらではなく、
 悔い改めながら生きていく道を私たちに開かれました。
 悔改めとは方向転換のことで、主に向かって歩んでいきます。
 しかし後悔は、過去のことを悔やみ、現状を恨み、未来に失望しています。
 後悔は、主が今与えておられる恵みに目をとめることを止めさせます。
 後悔は停滞・後退に、悔い改めは主に向かう前進に、
 後悔はつぶやきに、悔改めは賛美となります」



20140112

「イスラエルの民が大きな奇跡を体験したのにつぶやくのは、
 主の言葉を聞いていないから、聞こうとしないからです。
 私たちも主の奇跡を求めて祈る、そしてそれを体験します。
 しかし奇跡のみを求めて、主の言葉を聞かなければ、
 喉元過ぎれば何とやらで、必ずつぶやきとなっていきます。
 私たちの魂は、神の言葉を人格的に聞くことで生き生きとしていくのです」



「『わたしはあなたの正しいおきてのゆえに 
   夜半に起きて、あなたに感謝します』 詩篇119:62
 
 夜中に目が覚める時、それは心配ごとで寝付けない時であったり、
 良くない夢にうなされる時であったりします(トイレの時も!?)。
 
 しかし主の言葉がどんなに正しくて、どんなに真実なのか、
 主なる神を思う時、それが夜中であったとしても
 感謝を捧げずにはおれなくなるという詩篇の作者のような、
 そういう夜を私たちも時に迎えさせていただきたいのです」



話し言葉の断片集ですが、
何か益するものがあれば感謝です♪

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