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北の大地で 星を数えながら

~日々の出来事や感じたこと、聖書の言葉など 小さくても星のようにキラリ☆光ることを 分かち合えればいいなぁ~

納得ではなく

礼拝メッセージの断片集です。
6月はペンテコステシリーズとして、使徒8章を分かち合っています。

 あんな奴、滅んでも当然だ、罰を受けるが良い、そう思っていたその人に対して、あなたは滅んでは駄目だ、あなたは救われる、その救いはキリストからくると、そのように愛をもって福音を語る者にヨハネが変えられたのは、聖霊の働きによるものです。

 私たちは、残念ながら自分で自分を変えることは出来ません。もし出来るとすれば、期間限定か、上辺だけか、悪く変わることぐらいです。しかし、聖霊が私たちを変えて下さるのです。それは単に短所が長所に変わり、性格が丸くなった、できないことができるようになった、そんな程度のことではありません。変えられることの本質とは、キリストの姿に変えられ、キリストの心をもってキリストを伝える者に変えられるのです。聖霊が注がれて変えられるとは、そういう変わり方です。



 ピリポは主の使いに、ガザへ下るように告げられました。人間的に考えると、「主よ、方向が違います。私はこのリバイバルの起ったサマリヤで、もっと主の働きをしたいのです。荒野なんかに行って、いったいどうなるというのですか」そういう思いが湧いてくるのが当然です。

 しかし、「そこで彼は、立って出かけた」と記されています。聖霊に満たされていたピリポは、主の使いが語る主の言葉に従う力を聖霊によって与えられていたのです。

 普通は納得して行動するものです。自分の考えと合致して行動に移すものです。自分がこう思ったから、自分がこうしたかったからと。しかし、それは信仰ではなく自分の判断です。聖霊に導かれて歩む者は、自分が納得して自分が判断して歩むというよりも、信仰によって歩むのです。納得できて初めて従うのではなく、主の言葉を信じて、主に信頼して従うのです。そういう主に従う力を、聖霊は私たちに与えて下さいます。




20140622


 私たちの教会は、午後の分かち合いの時を大切にしています。そろそろ2つか3つのグループに分けたいなぁとも思っています。そこでは自分の日常生活や自分の考えを分かち合うというよりも、中心はキリストを分かち合います。励まされ、強められ、悔い改めに導かれた真理の言葉、キリストの愛の言葉、キリストがしてくださったことを分かち合います。

 人が集まれば、噂や世間話し、井戸端会議、批判や中傷、悪口や陰口、そして愚痴のようなものを話し合っていることが多いものです。しかし教会は、人の徳を高めていくキリストの言葉を分かち合います。人を生かすキリストを分かち合います。現実離れした聖書の言葉ではなく、この世を愛され、神の言葉がこの現実となっていくキリストを分かち合っていくのです。

 私たちの考えは、いつに間にかキリストからずれていきます。キリストのことを思っているようで、自分のことしか考えていないことも多いものです。だからキリストを分かち合います。キリストの言葉を分かち合います。私たちはキリストのものですから、キリストに焦点を合わせ、キリストを分かち合う時に、自分にとって何が大切なのかが分かってきます。

 もちろん悩みや弱さをも祈祷課題として分かち合います。その時も、そこにキリストの御業が現されるように、キリストの名で祈り合い、キリストの言葉が成就していくように、キリストを分かち合っていきます。それがキリストの教会であり、聖霊に導かれている教会の姿なのです。ますますキリストの言葉を分かち合い、もっとキリストの愛を分かち合おうではありませんか。



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