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北の大地で 星を数えながら

~日々の出来事や感じたこと、聖書の言葉など 小さくても星のようにキラリ☆光ることを 分かち合えればいいなぁ~

大切だ

 この日のクリスマス礼拝は、父なる神の愛があふれるひと時となりました。初めて集われた方々が何名もおられ、その中で洗礼式を持つことができました。洗礼を受ける準備をしているある方は、「まるで自分が洗礼を受けているようでした」と話されていました。初めて来られたある方は、「子よ、安心していきなさい。(あなたの罪はゆるされた)」という言葉に嬉しくなったと言われ、祝会にも出られたその帰り、本屋さんで聖書を買って帰られたそうです。
 
 クリスマス礼拝と洗礼式、そして祝会の様子は、また後日にupしたいと思っています。「主よ、こんなに恵みを受けて良いんですね」、「前の週、何度も何時間も雪かきを頑張って、本当に良かった」(笑)、そんなことを思いながら1日の感謝を主に捧げました。

 今晩は午後6時から「キャンドル・サービス」です。しっとりと、聖なる夜を過ごしたいと思っています♪以下は、クリスマス礼拝のメッセージ断片集です。知っている方もおられると思いますが、最後にお伝えした父と息子の物語を載せました。

何かをプレゼントする。またプレゼントされる。そしてプレゼントしたものを「相手に喜んで頂ける」、これはとっても嬉しいものですね。



 愛するとは、大切にするということです。「あなたの存在が大切だ」、それが父なる神の思いです。しかしその思いが通じない、人々が神から離れて生きている、それを聖書では罪の状態だと教えています。だから父なる神は、神の愛を示すために、救い主であるキリストを遣わされました。そう、プレゼントされたのです。ここに愛があります。真実の愛があります。この愛から離れないで欲しい、それが父なる神の思いです。

 「1人も滅びて欲しくない」、それが父なる神の思いです。誰1人して、「生きていく喜びがない、充実感がない、ただ死に向かって歩んでいる、どうせ死ぬんだから人生なんてどうでもよい」、そんな人生を歩んで欲しくないのです。「あー、生まれてきて良かった、主にあって現在を肯定できる喜び」、そういう救い、命の喜びを持ってもらいたい、それが父なる神の思いです。あなたを愛して、愛してやまない父なる神が、キリストを信頼し、共に生きるように、主イエスをプレゼントして下さった、それがクリスマスと言っても良いでしょう。



20141221
メッセージのエッセンスは、コチラ(約250字)。

 今年の秋、フランスで作られた「グレートデイズ」という映画が日本で公開されたそうです。残念ながら北見では、上映されていませんでした。来年2月にはDVD化されるそうです。父親と息子の物語です。この映画で、父と子が向き合っていくきっかけとなる1つの事実を息子は知ることになります。それは、Dickという父親、そしてRickという息子、アメリカの親子の出来事です。

 Rickは産まれる時、首にへその緒が絡んで産まれてきました。そのことが原因で脳に酸素が十分にいかなくて、全身まひ・身体障害者として生まれたのです。医師からは「植物人間になるだろう。施設に預けなさい」と言われました。しかし両親はそうせずに、自分たちで育てることに決めました。何故か、彼を愛しているからです。

 Rickは声も出ない、物を掴むことも、歩くこともできず、耳が聞こえているかどうかも分かりません。しかし両親は聞こえているかどうか分からないRickに、辛抱強く何度も話しかけ続けました。 ある日、Rickが、部屋の中を移動する両親を目で追っていることに気づくのです。Rickには意志もあり、耳も聞こえていることが分かりました。聞こえているのかいないの分からないけれども、両親が、何度も何度も話しかけ続けたからこそ、Rickの聴力が引き出されたのではないかと私は思うのです。

 ある大学で、頭の横にあるスイッチを押すことによって、コンピュータを操り、コミュニケーションができる機械を開発していることを知り、父親はRickのために用いることは出来ないかと頼み込みました。しかし研究者は、Rickには脳機能も麻痺しているだろうから、コミュニケーションは無理だろうと言いました。しかし父親はそれでも諦めないで頼み込みました。その結果、やがてその機械を使って意思疎通できるようになったのです。それだけではなく、学校には行けないと思っていたけれど、父親と一緒に猛勉強して中学校に編入することができました。(やがて彼はボストン大学に入学し、学位をとって卒業します)息子とコミュニケーションを、心の通い合う意思疎通をはかりたい、そういう父親の愛がその背景にあります。

 リックが学生の時、地元大学のラクロスの選手が交通事故によって全身麻痺になりました。その選手を応援するため、チャリティ競技が開催されることになり、それを聞いたリックが言った、「父さん、僕もやりたい。僕を押して走ってよ」と頼むのです。しかしお父さんは「それは無理だ」と最初は言ったのです。しかしそれでも、「我が子のためにやろう!」と、今まで運動なんてしたことのない、太っていたお父さんは、翌日からトレーニングを開始したのです。そして見事に完走しました。

 その後、DigkとRickは、トライアスロンにも出場します。水泳を数キロ、自転車で何百キロ、そしてフルマラソンを走ります。主催者側は参加に難色を示しましたが、しかしお父さんは「自分が息子を引っ張って泳ぐ。息子を自転車に乗せてこぐ。自分が息子の車椅子を押して走る」と頼み込み、出場することができました。

 競技の当日、お父さんは息子をゴムボートに乗せて、自分の体にロープを巻きつけ何キロも泳ぎました。泳ぎ終わったら、息子を自転車に乗せて何百キロもペダルをこぎ続けます。そして最後は42.195キロ。息子の車椅子を押して走り続けました。参加者の誰もがゴールしても、Rickたち2人はまだたどり着きません。最終走者がゴールして何時間も経っているのに、会衆は誰もそこから動こうとしません。あたりは暗くなり、夜中の12時ぐらいになって、ようやくRickとお父さんは、会衆の拍手に包まれてゴールしたのです。短い映像です。少し荒い映像ですがご覧下さい。 




 Rickは、「どうして自分はこんな体で生まれてきたのか」と、自分が生まれてきたことを悔やむことはなかったでしょう。むしろ、父の愛を受け、「生まれてきて良かった」と言える歩みをしているはずです。

 God did same for us. 私たちの父なる神も、私たちを放っておくことができません。私たちを諦めません。生きる喜びを失い、善を行ないたいのにそうできない私たちの人生を、私たちの存在を大切な存在だと、私たちにあらゆることを通して話しかけています。私たちが聞いていなくても、それでも、今日も、そして今も、父なる神は私たちに、ヨハネ3:16を語り続けています。

 自分の力で出来なくて、たたずんでしまいそうになる時、弱さや罪が邪魔をして、喜びや生きる力を失ってしまいそうになる時、私たちと共に歩んで下さる、救い主イエスがおられるのです。



 牧師になってから、いわゆる「感動的な話し」、「美化された話し」というのが、好きではなくりました。しかしこのクリスマス礼拝で、ヨハネ3:16を中心にメッセージの準備をしている中で、Rickのことを思い出しました。この日は、English Serviceも兼ねたクリスマス礼拝になっていますので、英語の字幕がある映像を選びました。するとそこでもヨハネ3:16が選ばれていたので驚きました。

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