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北の大地で 星を数えながら

~日々の出来事や感じたこと、聖書の言葉など 小さくても星のようにキラリ☆光ることを 分かち合えればいいなぁ~

センスの磨き方

 昨年11月、S先生から書籍をいただきました。「電子書籍でも買ったので、良かったらどうぞ〜」ということでした。この本を見た時に、私の目は輝きました。そして手に取って、パラパラとめくって見て「?」と思い、書名を確認して合点しました。法律の本だったのです。

 書名にちゃんと「法律」とあるじゃないか、と思われるかもしれません。そうなのです。しかし私は、法律の本ではなく、フォントやデザイン関係の本だと早とちりしていました。

「法律を読むセンスの磨き方・伸ばし方」

 早とちりした理由は、幾つかあります。S先生がApple製品を使われていること。S先生とデザインやフォントの話しをしたことがあること。そしてこの本の表紙のデザイン、さらに「法律」よりも「センス」という言葉が私の目に飛び込んできたことが要因でしょう。

 せっかくいただいたので、お気持ちに感謝して読み終えてみると、法律に関する見方が少し変わりました。私にとっては、法律ほど面白くない文章はないと思っていました。それは何が言いたいのか分からない「官僚的な文章」という印象があったからです。

 また一度、裁判の判決文を読んだことがあります。判決に対する憤りに加え、その裁判官の文章のつまらなさ、人生の悲喜交々を無視しているかのような説得力の無い論理に嫌気がさし、法曹関係の文章に興味がなくなっていたのかもしれません。
 
 しかしこの書籍を読みながら、法律ほど合理的な文章はないということが分かりました。つまり、出来るだけ複数の解釈に至らないように、論理的な構造となっているようです。考えてみれば、法律がわけ分からなかったり、複数の解釈が可能だったら困ります。

 面白かった例として、「又は」と「若しくは」、そして「及び」と「並びに」は、法律を論理的に読むために法令用語として約束事があるそうです。日本語としての違いではなく、法令用語としての違いだそうです。今年は、あと何冊か法律関係の本を読んでみようと思います。法律に関するセンスが磨かれるでしょうか!?

 それにしても、法律の本をデザイン関係の本と見間違ったり、法律の条文を無味乾燥なものと片付けていたり、私が抱く第一印象というものは当てにならないなぁと思います。偉そうに物事をすぐに判断してはいけませんね。今、私が見えていると思っていることも、きっと見えていないことがらの方が多いのだろうと思います。そういうセンスは、聖霊による感受性、洞察力なのだろうと思います。 

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