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北の大地で 星を数えながら

~日々の出来事や感じたこと、聖書の言葉など 小さくても星のようにキラリ☆光ることを 分かち合えればいいなぁ~

思い込みはないか

 礼拝メッセージの断片集です。昨年の続き、マルコによる福音書に戻ってきました。イースターまでマルコが続きます。

セムラ

 このお菓子、何ていうお菓子か知っていますか? スウェーデンの季節限定のお菓子で、セムラというそうです。シュークリームみたいで美味しそうですね。地元スウェーデンの新聞には、街の美味しいセムラ・ランキングも発表され、評判の良いベーカリーなどは行列ができるほどの人気だそうです。

 このセムラ、どうして季節限定の発売なのでしょう。イースター(復活祭)前の日曜日を除く40日間をレント(四旬節)と呼んでいます。このレントの期間に、主イエスが断食をして祈られたように、それにならったそうなんです。甘いものを食べて、断食を無事に乗り切れるようにと、セムラを食べたそうです。現在では、断食をして祈ることは習慣としてなされないようですが、セムラを食べる習慣は残っているとのこと。

 レントの期間、主イエスの受難をしのんで、肉や卵を断つ人もおられるようです。デザートや間食、ある方はコーヒーを飲まない方もおられます。またテレビを見ない、この期間はSNSをしないという方も。

 キリスト教は禁欲主義ではありません。レントの期間、何かをやめることが目的ではなく、十字架の道を歩まれた主イエスを思う時を持つということです。「やめよ(静まって)、主こそ神であることを知れ」とあります。来週から受難週、そしてイースターへと向います。いつも以上に主イエスを思うひと時を持ちたいのです。



20150322
(約250字のメッセージのエッセンスは、コチラ

 偽るという誘惑があります。自己弁護や他者批判の中に、偽りが潜みやすいのです。



 自分の思い込みを正しいと突き通していく、そういう罪もここにあります。思い込み自体は不完全な人間ですから、誰にでもあります。大切なことはそのことを認めているかということです。「自分はこう聞いた」、「こう思った」、「こう経験した」、しかしもしかしたら私の思い込みがあるかもしれないという思い、あるいは自分が感じていることは物事の一面なんだ、そういう謙遜さを忘れてしまうと、恐ろしいことになります。



 先日このドレスの色が、何色に見えるか、世界中で話題になりました。私なんてどう見ても白と金にしか見えないのですが、本当は青と黒と言いますから、いよいよ私も眼鏡をかけなきゃいけないかと思います(笑)私にとっては、白と金が事実なんです。しかし真実は青と黒なんです。事実と真実は、イコールで結ばれないということです。



ドレス

 私の血液型を知っていますか? 「A型なんです」と言えば、「あー、そう言えば几帳面だなぁ。時間を守るなぁ」などと思いませんか? しかしA型ではありません!
 実際は、輸血や献血に関係ないなら何型でもいいんです。血液型で人格は決まらないと思っています。ましてや自分の性格の悪さ、改善しようとしない性根を、血液型のせいにする、そんな不遜な生き方をしたくありません。何型だと言われると、その血液型の特徴と思われるものを探し出してあてはめる、印象を事実として受けとめてしまうということです。



 私たちは、単なる理想主義者ではありません。現実をしっかりと見つめなければなりません。しかし同時にその現実に主イエスが働いておられることも、信仰の目で見る必要があります。神の右に座られている主イエス、そこで私たちのためにとりなしている主イエスを生活の現場の中で思い起こし、信仰の眼で見つめることが大切なのです。(ヘブル7:25、ロマ8:34-35)



事実≠真実

 人は自分が不利になる時、答えたく無い時、語らなければならない時に沈黙します。そして語らなくても良いことを叫び出して、自分の正しさ、思い込みを主張します。

 しかし裁判の中で、自分に対して不利な偽りの証言が語られる中で、主イエスは沈黙されました。同時に主は、語るべき時には大切な言葉を語るのです。そういう主イエスを私たちは信じているのです。

「私のたましいは黙って、ただ神を待ち望む。私の救いは神から来るからだ。神こそ、わが岩。わが救い。わがやぐら。私は決して、ゆるがされない」詩篇62:1−2

 様々な人の言葉、悪い噂が聞こえてきます。その中で私たちも同じように騒ぎ立ててしまわないようにしたいのです。時に聖なる沈黙をもって、神に向かいたいのです。そして聖霊によって主の御声を聞いて、動揺しない歩みを送らせていただきましょう。



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