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北の大地で 星を数えながら

~日々の出来事や感じたこと、聖書の言葉など 小さくても星のようにキラリ☆光ることを 分かち合えればいいなぁ~

知られている

 少し前の日曜日の午後、ある方が主なる神が全てを知っていてくれるということに心を震わせながら、「カミサマハ、シワノカズマデ、カゾエテ、シッテイテクダサル」と言われました。

 「ん〜、シワの数?」、そんな聖書の言葉があったかなぁと思いつつも、せっかく感激しながらシェアしてくださっている思いに水をかけたくないので、本意を受けとめながら聞いておりました。
 
 そうです、聖書には「あなたがたの髪の毛までも一本残らず数えられている」(マタイ10:30)と記されていて、「髪の毛」であって「しわの数」ではありません。

 もしかしたら私の聞き間違いだったかもしれません。あるいは、女性の方だったので毎朝、お化粧をされる時に「しわの数を気にされていたのかなぁ。いやいやそういうことを気にされている方ではない。素直に主に知られている幸いを述べたのでしょう」と勝手にいろいろと想像までしておりました。

 池田晶子なる方が「恐怖のアンチエイジング」と題して、以下のようなことを記しています。

「・・・人生は二度と生きられない、一度しかない、だからこそいつまでも若く健康でいたいと願う。この『だからこそ』が、すでにしておかしい。『生きる』とは、『老いる』ということに他ならないからだ」

「先日、雑誌で見かけたその手の広告、言うには『四十歳の体で百歳を越えよう』。
 冗談ではなく、私はゾッとした。四十歳の体、四十歳の知恵のままの百歳の人間が、ぞろぞろと生きている光景である。完全な長寿サル社会である。どうして人は、四十歳の体で百歳の知恵をもとうと、願わないものだろうか。知恵のない長寿の無内容など、まるで思いが及ばないらしいのである」

「案の定、その広告は、『健康なまま長生きをするために老化を遅らせる』テクニックばかりだった。それでそのあとどうやって死ぬかについては、全く触れていなかった」 『知ることより考えること』(新潮社、2006年)より



 彼女の『14歳からの哲学』や『14歳の君へ』よりも先に、『知ることより考えること』を読みました。理由は簡単、後者が古本屋にあったからです。この池田さん、世の風潮に流されない哲学者のようで、涼しい風が吹いている人のようです。TVから流れるくだらない毒舌、奇をてらった発言などを聞くよりも、彼女のよくよく考えた上でのさっぱり感が読んでいて面白いです(私への問いかけも幾つもあります)。

知ることより考えること

 ただアンチエイジングへのアンチを記していますが、「容姿に優れアルバイトとして雑誌『JJ』の読者モデル」をしていたこともあるとのこと!(経済的な自立のためのようですが)惜しむらくは46歳で早逝されたことです。

 『知ることより考えること』、それは「決して知ることの否定ではありません。考えるとは、本当のことを知るために考えるという以外ではあり得ない」、大いに納得です。ましてやどれだけ早く情報を知っているかなんて、株をやっているわけでもないので、今までの私の人生でそんなに大きな意味はありませんでした(私がその程度の人物と言えばそうなのですが・笑)。

 そして何よりも主なる神に知られている(ガラテヤ4:9)ことを、深く知り考えることこそが、心にしわを作らない生き方になっていくでしょう。

 最後に、今日4月8日は、皺(しわ)の日なのかどうか、私は知りません(笑)

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