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北の大地で 星を数えながら

~日々の出来事や感じたこと、聖書の言葉など 小さくても星のようにキラリ☆光ることを 分かち合えればいいなぁ~

理想ではなく

 日曜日は、母の日の礼拝でした。お子様がおられるお母さんたち(子育てを終えられた方も含めて)のために、また自分の母親のため、もうすでに天に帰られている場合も思い起こしつつ、さらに母親代わりになってくれている(いた)方のために、感謝と祝福を祈る時を持ちました。

 午後からは、三浦綾子読書会がありました。読書会のレポートは、コチラで読むことができます。2時間って、あっという間に過ぎてしまいますね〜。

 ある本に載っていました。「父よ、言いたいことがあったらはっきり言え。母よ、言いたいことをそのまま言うなよ」(笑)



 聖書は理想論というよりも、むしろ現実の書でしす。ドロドロとした人の罪を隠しません。いろいろある現実の中で、そこに救いとと和解、修復を与える、それがキリストの言葉です。救い主の言葉の力を信じて、ご一緒に聖書を拝読しましょう。



20150510
(約250字のメッセージエッセンスは、コチラ

 現代は、自分こそが自分の主人だということが当たり前になっている時代です。自分の人生は自分のもの、自分が自分の主人、自分の思う通りに生きる、このことに何の疑いもなく生きています。聖書では、それこそ罪だ、思い上がりだ、そして悲しいことだ、「造り主」を忘れていると告げるのです。



 主イエスが共におられるということを、私たちは過小評価してはいけないのです。



 ある教会の年輩のクリスチャンが、ご自分の3つの指針を記されていたそうです。その1つに「相手の失敗から自分の責任を発見する」というものがあります。驚きです。相手の失敗は、相手の責任のはずです。もちろん相手の責任がなくなるわけではありません。しかし、そこに自分の責任がないかと心を探るというのです。こういう本物の愛、誠実さは、主イエスが共におられるからこそ、持つことが出来るのでしょう。



 私たちが福音を語る時、そこに主イエスが共にいます。私たちの目を見ながら、それを越えて、相手は主イエスの目を見つめるのです。私たちが語る主の言葉を聞きながら、主イエスが語って下さるのを聞くのです。主が私たちと共に働かれるのです。



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