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北の大地で 星を数えながら

~日々の出来事や感じたこと、聖書の言葉など 小さくても星のようにキラリ☆光ることを 分かち合えればいいなぁ~

ああ驚くべき

 北海道聖会の打ち合わせの中で、F先生が「合唱曲を賛美したいのです」と申し出られました。どんな賛美を選ぶのかは司会者に任せているので、もちろん異論はなかったのですが、私は曲名を聞きながら知らない賛美だったので、「ふ〜ん。へ〜」という感じでした。

 さて本番。この合唱曲を聖会で賛美した時、会堂中に喜びが満ちあふれていくような、そんなひと時となったのです♪ 各パートを歌う方にマイクが渡されて、生き生きと賛美が歌われ、司会のF先生など講壇の横や前に出てきて、大きく手を振ったり上げたり、こんなに表現豊かなF先生を初めてみました(笑)

20150506聖会4

 その合唱曲の賛美は、「ああ驚くべきイエスの愛よ」です。私は初めてでしたが、大勢で賛美すると、まさに驚くべき愛と喜びが溢れますね。壇上の講師S先生も、喜びいっぱいに賛美を捧げておりました。後で聞くと「もう少しだけゆっくりだと、なお良かった」とのことでした。
 
 私は、信仰生活と驚きとは切り離せないと思っています。もし信仰生活に驚きを感じなかったとしたなら、信仰の動脈硬化が始まっていて、頭の中や自分の思いの中だけの信仰が矮小化されていく黄色信号でしょう。なぜなら私たちが信じている神は、偉大な、偉大なお方なのですから!

20150506聖会4−2

 もちろん「驚き」を求めるあまり、いつも超自然的な奇跡を求めていくということは、信仰生活に歪みを生じさせていくでしょう。太陽が昇ること、目が覚めること、草花が咲くこと、そういう当たりの前のことにも驚きと感謝と恵みを覚えていくことも、信仰者の感受性として無くてはならないものでしょう。

 しかし同時に、当たり前、思い込みを越えていく、大きくて、深くて、理解しがたい、驚くべき神の御業の前に、心を震わせ、そして喜びが溢れていくこと、これも信仰生活の醍醐味なのでしょう。そして何よりも、こんな私に今日も神の愛が注がれているという驚くべき事実を、聖会だけではなく、日々の歩みの中で味わっていきたいなぁと思った次第です。

 キリストにつながる老若男女が、「ああ驚くべきイエスの愛よ」と一つになって賛美する喜びを噛み締めました。

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