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北の大地で 星を数えながら

~日々の出来事や感じたこと、聖書の言葉など 小さくても星のようにキラリ☆光ることを 分かち合えればいいなぁ~

箸休め

 先月「鳥が教えてくれた空」(三宮麻由子著)という本を読みました。目が見えない著者の美しい日本語、本から自然の情景や匂い、鳥の鳴き声や水の音が伝わってくるようでした。

 私には「チュン、チュン」としか聞こえないスズメの鳴き声ですが、季節や時間帯によって違うというから驚きです。小学校2年生の頃には、午前5時台から8時台までの時間を、スズメの声の大きさや鳴き方で判断できるようになっていたとのこと!

 読み進めていると、「あれ、ユタ州に留学? ということは・・・」と思ったのですが、私の予想とは違いました。またキリスト者ではないようですが、幼いころプロテスタントの日曜学校に通っておられたようです。

 だから「神様の箸休め」という表現が出てくるんだなぁと思いました。

「弱い強い、できるできないじゃなくて、その存在自体に意味があるんだ。ということは、私だってできないことがいっぱいあって、小さい存在だけど、ここに生まれたということは存在する意味があるんだろうなと、決してメインディッシュではないけれど、神様の箸休めにならなれる、そう思ったときに、やっと私の居場所というか、心の置き場所が見つかったような気がして」



 鳥とか自然(北海道のオシンコシンの滝)とか、天地創造の主が造られたものに触れている中で、「自分、自分」という自分というものの束縛から解かれたようです。

 また「前向き」の大切さを否定することなく、しかしそれ以上に「私にとって後ろとは、いざというときになにか素晴らしいものがやってくる可能性を秘めた、ちょっと不思議な方向なのである」という「後ろ」についての文章から、聖書の言葉を思い出していました。

「主はあなたがたの前に行き、イスラエルの神はあなたがたのしんがりとなられるからだ」イザヤ52:12



 自分から解き放たれた時に、前後左右にある主の御手を思うのでしょう。

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