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北の大地で 星を数えながら

~日々の出来事や感じたこと、聖書の言葉など 小さくても星のようにキラリ☆光ることを 分かち合えればいいなぁ~

しみじみと恵み 【No.174】

先月、教会の皆で同じところを読む「1日1章」の聖書通読で、
創世記を読み終えました。
個人的には今年2回目の創世記の通読ですが、
今回は新たに目が開かれたことも多く、私自身の養いになりました。

その創世記の最後を締めくくる50章に、
ヨセフの有名な言葉が記されています。

  「あなたがたは、私に悪を計りましたが、
     神はそれを、良いことのための計らいとなさいました。
   それはきょうのようにして、多くの人々を生かしておくためでした」
                             創世記50:20

ヨセフは、兄弟たちから奴隷として売られてしまいました。
その結果、17歳から30歳まで、奴隷として家族や故郷から離れ、
騙され、裏切られ、獄に入れられ、忘れられる、というようなところを通ってきました。
しかしやがてエジプトの宰相となったヨセフは、
自分を売った兄たちに対して言った言葉が、上記の20節です。

ヨセフと兄弟

ここから私たちは、周りの人が悪意を働かせたとしても、
筋の通らないことを企てても、裏で不当に根回しをされることがあっても、
それでも神様はそれらを良い計らいに変えることができるお方だ、
だからその神様を信頼していこう、そういう決心をするかもしれません。

それは決して間違いではなく、正しい聖書の読み方だと思うのです。
でも今回、この20節が「恵みの言葉」として私に迫ってきたのです。

それは、ヨセフの立場に自分を置いたのではなく、
兄たちの立場に自分を置いて、この20節を聞いてみたのです。
その時、何だか心の中にある固いものが溶かされていくような思いになりました。
そしてとっても嬉しくなってきて、しみじみと感謝だなぁと思いました。

ヨセフの立場に自分を置いて、ヨセフのように思おうと決心しても、
いつの間にかその決心はどこかにいってしまいます。
嫌なことをされると嫌なんです、やっぱり。

でも私の失敗、私の情けなさ、私の自分勝手な思い、私のわがまま、
そういう悪や弱さや罪が神様によって覆われて、
神様がそれを良いことの計らいとなされたと言われると、もう駄目です。
「なんとありがたいことか、主よ~」と、神様の恵みを感謝せずにおれないのです。
そしてその恵みを深く知ってこそ、ヨセフのように思うことができるのでしょう。

光と聖書

正しさの中で聖書を読むことも正しいことなのですが、
恵みの中で聖書を読む時に、しみじみと恵みが迫ってくるんですよね~。

  「すべての人を救う神の恵みが現れた」
                  テトス2:11

アドヴェント(待降節)に入りました。
今日から始まる12月、そしてクリスマスが、
しみじみと恵みを思うひと時でありますように!


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