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北の大地で 星を数えながら

~日々の出来事や感じたこと、聖書の言葉など 小さくても星のようにキラリ☆光ることを 分かち合えればいいなぁ~

怠慢の壁

 さて昨日の続きですが、「怠慢の壁」という辛口の言葉に対する校正に対して、私が述べた意見です。

 実は、私も事前に一読した時に「怠慢の壁」という表現に、少々引っかかりました。だからこそ執筆者の意図を考えました。恐らく執筆者は、以前に・・・・・のように話されていたので、ここで「怠慢の壁」という言葉を用いたのだと思います。そういう執筆者の思いがあるという点が、このままでも良いと思う1つの理由です。

 そして人から「怠慢だ!」と言われると、やはりいい気持ちはしません。しかし私は自分のことを思う時に、やはり「怠慢だなぁ」と思うんです。

 ・・・・ここでK先生が「あ、やっぱり!」と話され、一同、大爆笑でした・・・・

 たとえ忙しくても、一生懸命にしていても、神の前に本当にすべきことをしているかどうかを問われたなら、「あー、主よ、申し訳ありません」と言わなきゃいけない者だと自分で自分のことを思っています。またきっと自分で思っている以上に的外れの忙しさ、的外れの熱心や一生懸命もあるでしょう。あるいは真実に向き合わなければならないものを避けるために他のことで忙しくしていることもあり、それは神の前に怠慢だと思うんです。私のことですよ!

 本当にやるべきことをやったと仮定しても、聖書にあるように「ふつつかな僕(しもべ)です。すべきことをしたに過ぎません」としか、本来は言いようが無いと思うんですね。

 もし「怠慢の壁」という言葉だけに引っかかって、前後関係を無視して、「失礼だ」、「何様だ」、「一生懸命にやっている」と、怒りや憤慨を私が持ってしまうなら、恐ろしいことだろう、そう思ったのです。あくまでも私自身のこととしてですが・・・・・



 以上のようなことを述べましたが、私の意見はすぐに却下されました。その理由は「この『怠慢の壁』という言葉1つに、そこまでの説明をすることはできないですよね。紙面的にも、時間的にも」ということでした。

超バカの壁など
(「バカの壁」以外にも同じ著者の本を読んでました・笑)

 私自身も「怠慢の壁」はその文章の中心ではないですし、このことが引っかかって大切なことが伝わらなかったら、元も子もないと理解して、自らの意見を引っ込めて、他の言葉に言い換えることに賛成しました。こうして辛口の「怠慢の壁」は、どこかに消えていったのでした!

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