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北の大地で 星を数えながら

~日々の出来事や感じたこと、聖書の言葉など 小さくても星のようにキラリ☆光ることを 分かち合えればいいなぁ~

それは嘘

 日曜日の朝、目が冷めて「冷え込んだなぁ」と思っていたら、最低気温がマイナス13度だったようです。どうりで・・・。そういう中でアドベント第1週の礼拝を捧げました。礼拝では50歳になられたIさんのために、祝福を祈りました。

 昼食をご一緒し、主の恵みを分かち合い、午後3時からEnglish Serviceでした。English Serviceと言いながらも、英語の賛美だけではなく、タガログ語でも歌い、またこの日は日本語で私がメッセージを語りました。SさんとMさんの誕生日もお祝いすることができました。

 キリスト者である私たちも、神の命から離れていないでしょうか。主なる神との関係が、何か形や上辺のものになっていないでしょうか。形だけを整えようとすると、内側はむなしくなります。嘘をつき、上辺を繕い、悪知恵を働かせるようになります。心が固くなり、罪に対して無感覚になります。やりたいことだけをするというむさぼりに陥ります。そういう古い生き方、古い人を脱ぎ捨てよと、主は私たちに語られるのです。



20151128
(250字のエッセンスは、コチラ

 皆さんは、「主イエスから何を学んでいますか?」、大切な問いかけです。何を学んでいますか? 私たちは主イエスから学んだことを大切にしていきたいのです。それが新しい人を着た歩みなのです。その結果、「心の深みまで新しくされる」のです。外なる人は日々衰えても、内なる人は日々に新しくされるのです



 新しい着物を着るには、古い着物を脱ぎ捨てる必要があるのに、重ね着をしていないでしょうか? 重ね着の重ね着を重ねて、着ぶくれしてしまっているキリスト者になって、動きにくい不自由な様相を呈していませんか?

 アドベントを迎えています。主イエスがこの世に来られたのは、神の命、愛を示すためです。虚しい心、悪知恵、かたくなな心、無感覚、むさぼり、そういうものを着なくていいのです。むしろ主イエスが、私たちのボロボロの古着、罪を着られて、背負われて十字架に掛かられたのです。私たちは、形式だけの関係にならず、神の命から離れず、キリストに学び、
心の深みまで新しくされて歩んでいこうではありませんか。



 同じことを何回も何回も後悔してしまいます。「あの時、こうしていれば良かった」、「あの出来事がなかったら、私はもっと幸せだったのに」しかし、「それは嘘」だとH先生は言われます。そうです、それは「嘘、偽り」です。サタンの惑わしです。古い人を脱ぎ捨てて、私たちは共に新しい人を着るのです。キリストを着るのです。



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