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北の大地で 星を数えながら

~日々の出来事や感じたこと、聖書の言葉など 小さくても星のようにキラリ☆光ることを 分かち合えればいいなぁ~

トーブ

 2016年最初の礼拝、元旦・新年礼拝では、新しい思いで新しい恵みを受けながら共に新年の祝福を祈り合うことができ感謝でした。

 年末に脾臓摘出手術を受けられたIさんも、驚異的な回復で無事に退院されてこの日の礼拝に元気に出席され、前日には温泉にも行かれていたというから驚きです。

 以下は、礼拝メッセージの断片集です。

 今年の標語は「God is Good all the time〜良くても悪くても」です。Don Moenという方のカントリー風の賛美を思い出しますね。CDにも収録されていますが、彼は会衆の皆さんに「God is good」(神は素晴らしいですね)と呼びかけます。すると会衆は「All the time」(どんな時も)と応答します。間髪入れずにドン・モーエンが「All the time」(そう、どんな状況だっとしても)と言うと、会衆は「God is good」(神は素晴らしい)と告白します。

 私たちもやってみますか(笑)まぁ恥ずかしがらないで、やってみましょう。「God is good!」〜「All the time」。「All the time」〜「God is good」!



トーブ

 詩篇119篇は「いろは歌」のようになっていて、ヘブル語の22あるアルファベットが文頭に来る修辞的(技巧的)な詩となっています。65節〜72節はヘブル語の「トーブ」という語が6回も出てきます。英語ではだいたい「good」ですが、新改訳聖書では「良い」(65、66)、「いつくしみ」(68、68)、「しあわせ」(71)、「まさる」(72)と訳されているように、幅の広い豊かな言葉です。

 詩篇119篇だけではなく、聖書にはたくさんの「トーブ」があります。それこそ創世記1章で神が天地を創造された時、すべてをご覧になって「非常に良かった」という「良い」も「トーブ」です。「善悪を知る木」の「善」、出エジプト記2章にモーセの母がモーセを見て「かわいい、麗しい」と思った、それも「トーブ」です。ヘブル書にも記されていますが単に赤ちゃんが可愛かったということだけではなく、そこに神による美しさ、麗しさを信仰によってモーセの母親は見たということです。その他、詩篇34篇の「主の恵み深いことを味わい知れ」の「恵み」、また133篇で「兄弟が和合して共におつのはいかに麗しく楽しいことであろう」の「麗しい」も「トーブ」が使われているそうです。

 「新年からヘブル語がどうだとか、難しい話を・・・」という顔をされているので、この辺でやめておきます(笑)帰りに「東武」(スーパー)に買い物へ行く気が失せてしまってもいけませんからね。



20160103
(250字のエッセンスは、コチラ

 神が造られたすべてのものは、「良かった」(トーブ)のです。善であり、素晴らしい主が造られたのですから、美しく、望ましく、喜ばしい存在なのです。しかし、サタンの使いである蛇は、それ以外に「良いもの」があるとして、アダムとエバを誘惑します。神が食べてはならないと命じられた実は、エバの目に食べるのに「良く」見えたのです。神が「OK、良い」と言われなかった「NO」というものの方が、自分にとって良いと判断したのです。その結果、罪が入り、死が入り、のろいが入り込んできました。神が良いというものを無視し自分が良いと思うことを選択していく時、むしろ良くない結果になっていくのです。

 私たちにとって良くないと思えたとしても、主は善にして善をなされます。年末に聖書日課で読んだ詩篇23篇に「いつくしみと恵みが追ってくる」と記されていました。この「いつくしみ」は「トーブ」(good)です。追いかけられるって、何となく良くないものに追われているイメージがあります。しかし1年を振り返った時にたとえいろいろあったとしても「いつくしみと恵みが追ってくる」、追いかけてくるというのです。

 「God is good all the time」と事あるごとに神の善を信じていこうではありませんか。今年の終わりにも「良かった、良かった」という感謝を主が与えて下さいます。



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