FC2ブログ

北の大地で 星を数えながら

~日々の出来事や感じたこと、聖書の言葉など 小さくても星のようにキラリ☆光ることを 分かち合えればいいなぁ~

朝もやのような

 1月第2週の日曜日、早朝は曇っていましたが礼拝の頃になるとさわやかに晴れていました。今シーズンはまだ2回しか雪かきをしておらず、いつか、どこかで帳尻が合ってくるのか、それとも雪が少ない分のきつい冷え込みで勘弁してもらえるのか・・・あまり考えないようにして(笑)心からの礼拝を捧げました♪

 午後2時からは、今年はじめての三浦綾子読書会が開かれ、O会長が優しくリードをしてくれました。読書会の様子、レポートは、コチラでどうぞ。読書会中にMさんが子どもたちをプールに連れて行ってくれて、大はしゃぎだったようで、お母さんたちはニンマリです。以下は、礼拝メッセージの断片集です。

 今年の御言葉にあげたエレミヤ42:6は、朝もやのような偽りの悔い改めであるホセア6:3と同じような文脈にある言葉です。「良くても悪くても従います」と言っているのに、結局のところイスラエルの民は聞き従わないのです。

 決して聖書の文脈を無視してエレミヤ42:6を掲げたわけではありません。(例えば「Ecce Homo この人を見よ」という聖書の言葉が、ピラトの思いを超えて、多くの芸術家、作曲家、神学者、牧師、キリストの教会に受け継がれてきたということもあります)

 この42:6を自戒の思いを込めて真実に告白し続けたいのです。私たちもイスラエルの民を決して笑うことは出来ません。「主よ、あなたに従います」、そう告白し、手を上げて毎週のように賛美している、祈る私たちです。それは嘘ではありません。しかし様々な状況、出来事の中で、まるでその告白が朝もやのように消え果ててしまい、主の言葉に従い得ない自分自身の弱さというものが確かにあります。

 そういう自らの弱さを認めつつ、だからこそ主の強さ、主の善、慈しみにすがりながら、「主よ、あなたの言葉に聞き従う力を聖霊によって与えて下さい」、へりくだって告白し続けたいのです。



20160110

 私たちが気になるのは、「いつ」「どう」なりますか、「何を」選べば良いですか、ということが多いものです。将来がどうなっていくのかということが関心事になりやすいものです。しかしそこを根本的に気にしているとすれば、それは本質的に「占い」と同じです。 

 私たちにとって将来どうなるかということが気になることも事実です。しかし将来に向かってどう生きていくのかということ、これが根本的に大切なことです。

 過去に対して縛られながら生きていくのではなく、また現在の状況に振り回されるのでもなく、どんな状況でも、良くても悪くても、恐れないで、主を信頼して主に聞き従うこと、そして1日1日を忠実に、神を愛し隣人を愛していく、そういう歩みを聖霊に励まされてご一緒させていただきたいのです。



にほんブログ村 地域生活(街) 北海道ブログ 北見情報へ
にほんブログ村

礼拝メッセージの断片集 |
| ホーム |