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北の大地で 星を数えながら

~日々の出来事や感じたこと、聖書の言葉など 小さくても星のようにキラリ☆光ることを 分かち合えればいいなぁ~

「ありがとう」がない

 2月最初の日曜日、悲しい報告もしなければならないのと同時に、しっかりと十字架の主イエスを見上げることができました。午後からは、今年から始まった「SL会」の時を持ちました。「SL会」については、また別の機会に紹介します。

 以下は礼拝メッセージの断片集です。

 昨年に続いて、エペソ書の講解説教です。今日の5章の前、4章の後半では忘れられないことがあります。それは4章の後半を大阪の教会で分かちあったその日、礼拝後にYさんが「主イエスを信じていきます」と話されました。その日がペンテコステの日だったこともよく覚えています。「使徒2章の後半みたいだなぁ」と思ったのです。

 その日の夕方の出来事でした。Yさんがコンビニ向かったところ、何とレジの店員から見えないところに1万円札が落ちていたとのことです。Yさんは、一瞬どうしようか迷ったらしいのですが、その日の礼拝後に主イエスを信じる決心をしたこと、そしてエペソ4章の後半に「盗んではなりません。むしろ施しをするまでに自分でしっかりと働きなさい」という主のメッセージを思い出したそうです。

 それでレジの店員にその1万円札をお渡ししたそうです(笑)「ちょっと惜しいことをしたな~」、また「何でよりによって今日やねん!」と思ったと聞きました。

 私がとても嬉しかったことは、コンビニ行くという何気ない日常の中で、Yさんが主の御言葉を思い出したということ、そして神様の存在を意識したということです。これはYさんがイエスは主である告白し、聖霊が内に住まわれているからに他なりません。

 エペソ書5章も実践的なことが多く記されています。日常生活の只中で、聖霊は主の言葉を思い出させてくださり、罪や誘惑にはブレーキを踏む力を、また愛や誠実さについてはアクセルを踏む力を与えてくださるでしょう。



20160207
(250字のメッセージのエッセンスは、コチラ

 「神にならう者となりなさい。そうすれば、神に愛される子どもとなれます」ではありません。「愛されている子どもらしく、神にならう者となりなさい」なのです。「ちゃんとしたら愛するよ」ではないのです。こんな者をそれでも愛する神の愛を知る時、神に向かって生きていけるのです。この順序が大切です。感謝じゃありませんか。



 日曜日の午前中から、「不品行」についてあまり声を大にして語りたくないのです。しかし聖書が「NO」ということを、パウロのようにしっかりと語る必要があります。それは毎日のニュースを見ていても明らかなことです。不品行は人と人との関係を壊します。必ず壊します。当然、神との関係もです。




(子どもも一緒に「両手いっぱいの愛」を賛美しました♪)

 聖書は「愛しなさい」、「善を行いなさい」と積極的に勧めています。しかし「感謝されなさい」とは、教えていません。聖書は「感謝しなさい」と教えているのです。ここを間違えると、私たちの善行も何だか胡散くさいものになってしまいかねません。

 相手からの「ありがとう」がない、お礼の一言もない、そのことのゆえに、心に逆剥けができるかのようになりがちです。感謝はされるもの、受けるものではなく、自分が神にそして周囲にするものです。それを知っているだけで、随分と心の中の風通しが良くなります。



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