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北の大地で 星を数えながら

~日々の出来事や感じたこと、聖書の言葉など 小さくても星のようにキラリ☆光ることを 分かち合えればいいなぁ~

イースターの朝

 イースターの朝が来ました。そうです、新しい朝です。イースターにふさわしい天候、そして洗礼式にふさわしい春を予感させる気温でした。洗礼式の様子は、また後日(恐らく来週か再来週)にUPします。

 この日のイースター礼拝は、English Serviceを含んでいたので、日本語と英語で賛美しました。「いざひとよ」なんて日本語も古いものですが、英語も古くて、プロジェクターの字を見るのに眉間にシワを寄せている方もおられました(笑)喜び大爆発のイースターを予想していたのですが、喜びの涙があふれるイースターでした。(以下は礼拝メッセージの断片集です)

 この時、弟子たちは目が遮られて、主イエスだと気づきませんでした。しかし、この弟子たちのところに主イエスご自身が近づいてきて、一緒に歩いて下さったのです。この弟子たちはその時は気づいていないけれど、甦られたイエス・キリストは自ら近づき共に歩いて下さっているという事実を後になって弟子たちは確かに知りました。

 私たちも「神様がいるなら、どうしてこんなことが起こるのか」、「何故、うまくいかないのか」と、感覚的に、実感的に、主イエスが共にいることを理解できない時もあります。しかし確かに復活の主は私たちと共に歩んで下さるということを後で振り返って分かることも多くあります。



20160327
(250字のエッセンスは、コチラ

 聖書の焦点はキリストです。単に良い言葉、役に立つ言葉が書かれているか、ということではありません。主イエスはどのように歩まれたか、何と言われているか、私に主は何をなされ、何を語られているのかを、主イエスが私に語る声として聖書の言葉を聞く時、神の言葉の力を体験するのです。



 2人の弟子は、主イエスを体験した後、すぐにエルサレムへ戻っていくのです。もう夜道になっていましたが、明日にしようとは思わなかったのです。
 
 エマオへ来る時は、明るい日の光の中で、その光を見ることもできない暗い思いをしていたでしょう。しかし今度は夜道を光り輝く思いでエルサレムに戻っていきます。小走りしていたでしょうか。スキップしていたでしょうか。復活の主を体験する時、そういう歩みをさせていただけるのです。

 

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