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北の大地で 星を数えながら

~日々の出来事や感じたこと、聖書の言葉など 小さくても星のようにキラリ☆光ることを 分かち合えればいいなぁ~

ひっくり返りたくなる

 本州よりも暑い数日が続いた北海道・北見。午後からは、今年初の冷房をつけました!びっくりです。午後3時からのEnglish Gospel Worshipには、久々に訪れた方々もおられ感謝でした。お互いのために心を込めて祈る時も持ちました。

 以下は礼拝メッセージの断片集です。

 忙しくて祈れない、疲れて祈れない・・・、祈れない理由を探し出せば、いくらでも出てくるでしょう。でも祈りは主なる神とのコミュニケーションです。祈りの中でこそ、私たちはますます主と親しくなり、信仰関係、信頼関係、愛の関係が深まってきます。

 忙しいからこそ、心が亡びてしまわないように、大切なことを忘れてしまわないように、命が枯れていかないように、私たちは親しく主なる神と交わる祈りを大切にしていきたいのです。疲れているからこそ、主の前に静まり、主と交わることで新しい力を頂く必要があります。



20160522
(250字のエッセンスは、コチラ

 時々、言っていることは正しいのですが、他の誰かのことを話している人のその言葉から、愛とか祈りの香りが感じられないことがります。もちろん、私が感じないだけなのかもしれませんが、本当に心配し、本当に祈っているとしたならば、そういう語調にはならないだろうと思ってしまうことがあります。

 どんなに100の正論を述べていたとしても、そこにその人のための祈りがなかったとしたなら、それはつまり愛がないことなので、愛がなければそれは虚しいと記されているとおりです。愛するとは、祈ることが伴うものです。祈りのない愛は、真の愛ではないでしょう。また祈りの中でこそ真の愛は育まれていきます。なぜなら、私たちは愛の神に祈っているからです。





 エペソ6章19−20節は、何度呼んでもひっくり返りたくなる言葉です。パウロは鎖が解かれることを祈って欲しいと願ったのではなく、鎖に縛られていても語るべき福音を大胆に語らせてくださいと祈りのリクエストをしました。聖霊は祈りの焦点を明確にします。

 私たちは自分の人生を縛る、この鎖のようなものばかりに目をとめてしまいます。しかし、この鎖を延々と眺め続けていたなら、それこそ自分の人生は縛られ続けていきます。

 Stillを賛美しました。逆巻く大波が静まるようにではなく、それを乗り越えて主と共に羽ばたくことができるようにと歌っています。騒がしいいかずち(雷)がやむようにと願うものです。しかしたとえ様々な騒音に取り囲まれていたとしても、大切なことはいかなる状況の中でもキリストに憩い、キリストを信頼することです。

 真に静まるべきは、逆巻く大波やいかずちではなく、私たちの内側です。いかなる状況にあろうとも、心を静めて主を知るということが大切です。



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