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北の大地で 星を数えながら

~日々の出来事や感じたこと、聖書の言葉など 小さくても星のようにキラリ☆光ることを 分かち合えればいいなぁ~

今のこの時を

 6月最初の礼拝は、前日の小雨模様から晴れ渡った爽やかな日でした。ただし、半月前に冷房を入れたかと思えば、ここ最近は再びストーブを炊いています。

 この日は、妻が紋別での礼拝に出かけました。皆さん、無事に紋別に到着したかどうか、無事に帰って来れるかどうか心配しておりました。「私もY先生と一緒に行ければと思っていましたが・・・」と言ってくださったAさんですが、Aさんも紋別までの道には不慣れなようでしたので、お気持ちだけいただきました(笑)紋別では喜びつつ幸いな礼拝を持ち、妻は無事に帰ってきました。

 北見では、私が司会をしながら奏楽もしました。賛美のただ中に主がおられるというのは本当だなあと、実感せずにはおれませんでした。メッセージ後の祈りと賛美は、AさんとHさんが奏楽をしてくださいました。夜のⅡ礼拝では、妻に代わってKid's Churchの奉仕をされたMさん一家が、「礼拝メッセージを聞けなかったので」と集われました♪以下は、礼拝メッセージの断片集です。

20160605
(250字のメッセージのエッセンスは、コチラ

 パウロも主イエスの生涯にならって「迫害する者を祝福しなさい」と勧めています。そして自らも「はずかしめられるときにも祝福した」と告白しています。 獄の中にいて試練の中にある者が、獄の外にいる人々を励ましていくこのエペソ書。神の祝福がパウロの内から溢れているからこそ、人々を祝福せずにはおれなくなります。私たちも同じ父なる神を信じて、同じように神の祝福に生きるように招かれています。



 嵐が過ぎ去るとホッと安心する私たちです。それも1つの事実です。しかし先ほど「主よ感謝します。今のこの時を。試みの中にも、主の平安がある」と賛美したように、どんな試みの中を通ったとしても、もそれでも揺るぐ事のない心の平安を持つことが出来るのです。嵐が過ぎ去って初めて安心できるということではなく、嵐のただ中にあって、あの台風の目のように内に平安を持つことができるのです。それが主イエスの与える平安です。



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