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北の大地で 星を数えながら

~日々の出来事や感じたこと、聖書の言葉など 小さくても星のようにキラリ☆光ることを 分かち合えればいいなぁ~

見て見ぬふり

 7月最初の礼拝は、紋別での合同礼拝でした。北見から子どもも入れて25名ぐらいが押しかけ、紋別の礼拝堂を占拠してしまったようです(笑)皆さんと共に主を見上げることができ感謝でした。

 私は土曜日の夜中、かなり咳き込み、けっこうなハスキーボイスでの礼拝説教となりました。夜のⅡ礼拝が終わった時には、声はほぼ出ない状態となりました。今日、シンポジウムでの発題ができるかどうかの心配はありますが、礼拝奉仕ができたことは良かったです♫ 

 以下は礼拝メッセージの断片集です。

 教会の歴史を紐解くときに、当時のキリスト教会では、明け方に礼拝を捧げたようです。太陽が昇る時刻に、新しい光が差し込むようにキリストが甦って下さったことをお祝いして、賛美をし、そして聖書の御言葉を聞いたのです。そして各自は仕事に行き、一日汗を流して一生懸命働いて、また夕食の時に集まるのです。

 「朝の第1礼拝に出席できない方は、夜の第2礼拝に出席しましょう」と呼びかける現代の北見あたりの教会とは違いますね〜。もし来週、朝の4時から礼拝がありますということになれば、来る人はいますか?・・・(「はい!」とCさんが手を挙げる)・・・そりゃCさんは毎晩8時か9時に寝てますからね〜(笑)

 私たちの信仰の先輩たちである初代教会の兄姉が、どれだけ礼拝を喜びとし、礼拝によって生かされていたか、そういう信仰の喜びの光が教会にあるのです。



20160703
(250字のエッセンスは、コチラ

 ユテコは、礼拝の最中に最初に居眠りをした人としてその名前が記されています。「とうとう、ぐっすり寝入ってしまい」とあるように、ユテコも眠気と闘ったように思われます。時々、私も皆さんが眠気と闘っている姿を講壇の上から見て見ぬふりをしていますよ!ある人は、手の甲をつねったり、何とか目を開けようとするのですが白目になっていたり、口を開けないであくびをしようとしていたり、眠っていたにも関わらず急にうなずきだして「アーメン」などと言われる方もいます(笑) ユテコの記事が聖書にありますから、いいんですよ、私も見て見ぬふりをしていますから。



 大切なこととして記憶すべきは、居眠りをするような信仰の弱さでどうするんだ、だから落ちてしまったんあだという調子で聖書に記されているのではないということです。もちろん、居眠りをして窓から落ちるということは、ユテコの過失の
出来事です。人は過去の自分の傷や失敗に、触れてもらいたくないものですし、自分の失敗・弱さは隠すものです。

 しかしユテコは、多くの人々にこの日の出来事を語ったに違いないのです。居眠りをしていて3Fから落ちてしまった、そういう自分の弱さが確かにあった。しかし教会の礼拝の中で、神は私を生き返らせて下さり、一同に大きな慰めを与えてくださった。自分の痛みや失敗を全て覆われてしまうような、一方ならぬ神の慰めが自分自身に与えられたこと、そして礼拝を捧げる一同に与えられた、そのことを喜びとし、そして誇りとし、ユテコは何度も何度も証しをし続けずにはおれない真の慰めが、礼拝の中にあると語り続けたはずなのです。

 愛する兄姉、思い出したくない失敗、隠しておきたい自分の弱さ、私たちは抱えているものです。それらを無かったことのように、良い人のふりをして賛美や祈りを捧げる必要はありません。私たちが、詩篇の作者のように真っ直ぐに神様に向かって礼拝を捧げる時、主イエスは私たちの失敗や弱さを、主の十字架の血潮で覆い、癒し、慰めてくださるのです。真実な神は、真実に礼拝を捧げる者に、真実な慰めを与えてくださるお方なのです。



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