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北の大地で 星を数えながら

~日々の出来事や感じたこと、聖書の言葉など 小さくても星のようにキラリ☆光ることを 分かち合えればいいなぁ~

いやいや、ロダさん

 日曜日の礼拝メッセージの断片集です。この日は関西地方から3名の方々が集われ、私を含めて関西人密度が上がったのと同時に、気温も上がっておりました。

 礼拝後は、久々に午後の全体的なプログラムは無く、私はKさんとTさんと共に結婚講座を持ちました。夜のⅡ礼拝は、KさんとMさんが集われました。 

 使徒12章の女中ロダさん、何度読んでも面白いですよね。ペテロの声だとわかったら門を開けたらいいのに、そのまま奥へ行きペテロの救出を告げました。「いやいや、ロダさん。なんでペテロと分かったら門を開けてあげないの?」という感じです。

 またペテロの救出を一緒に祈っていた皆さんも、ロダさんの話す言葉を信じられずに「あなたは気が狂っている」と言われます。「いやいや、今、ペテロの救出を祈っていた最中やん!」と突っ込みたくなりますよね。

 使徒の働きの著者であるルカは、女中のロダの喜びぶりや教会の兄姉が信じられない様子をわざわざ記録したのは、彼らを笑い咎めるためではないでしょう。主イエスを信じて共に集まり祈り続ける中で、ロダのように居ても立ってもおれない喜びが私たちにも起こるということ、信じて祈っていたはずなのに、まさかと思うような信じられないような驚きを、主は私たちに与えてくださるということを記しているのです。



20160724
(250字のメッセージのエッセンスは、コチラ

 ペテロが自分で立ち上がったこと、自分で帯を締め、靴を履いたこと、自分で上着を着て御使いに自らの足でついていきました。

 手から鎖が外れたこと、2つの衛所を通過できたこと、開くはずのない鉄の扉がひとりでに開いたこと、これらはペテロの力ではなく主なる神の力であり、主の奇跡です。

 しかし女中ロダが扉を開けないで奥の方へ駆けて行った時、御使いはその扉を開けはしませんでした。ペテロ自らが扉を叩き続けているのです。つまり使徒12章には、主の偉大な奇跡が記されているのと同時に、自分たちにできることはしっかりと自分たちで行うということ、祈りと行動が1つになっているということに気づくのです。



 キリスト者は、自分に負いきれない大きな心配だけを抱えて、自分の出来ることを何もしないのではありません。主のために、毎日の生活の中で、今、自分に出来ることを行っていくのです。主も共に働いてくださるのです。



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