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北の大地で 星を数えながら

~日々の出来事や感じたこと、聖書の言葉など 小さくても星のようにキラリ☆光ることを 分かち合えればいいなぁ~

もう75歳だから

 里帰りのために欠席されている家族もおられれば、里帰りから帰って来た家族、また里帰りのために来られた方もおられる日曜日の礼拝でした。

 礼拝後のお弁当愛餐会時に、礼拝や感謝、祈祷課題の分かち合いをしています。私にとっては、皆さんから多くを教えられるのと同時に、「主は生きておられる」と思わずにはおれない豊かなひと時で、とっても感謝だなあと主の御名を崇めています。2時から始まる虹の会(読書会)、夜のⅡ礼拝と続いていく北見の主にある1日でした。

 紋別ではS先生がご奉仕され、集われた方々と共に再会を喜びながら、祝福に満ちたひと時を持つことができたようです。とっても嬉しいですね♫

 以下は礼拝メッセージの断片集です。

 どうして私たちの信仰、信じる思いが弱くなり、不安になり、恐れが大きくなるのでしょうか。それは主なる神の言葉を聞いているようで聞き流してしまっているからでしょう。なぜなら「信仰は聞くことによるのであり、聞くことはキリストの言葉から来るのである」(ロマ10:17)と記されている通りです。主イエスが愛をもって、祝福の思いで、私たち一人ひとりに語りかけるキリストの言葉を聞き損なう時、信仰は小さくなってしまうのでしょう。反対に主の祝福の言葉を人格的に聞き続ける時、私たちの信仰はますます強められていくのです。



20160814
(250字のエッセンスは、コチラ

 アブラハムは、もう75歳だから、疲れているから、現状はこうだから、あれがこうで、この人がどうでとは言いませんでした。できない理由を並べようと思えば、幾つも並べることができたでしょう。しかしアブラハムは、自分の可能性を信じたのではなく、神の祝福の言葉を信じたのです。行き先は分からないけれども、一緒におられる偉大なお方がどんな方かをよく知っていて、信頼をしていたのです。



 失敗しても、それでも立ち上がっていくこ、そこには本物の力が求められます。私たちの人生に、そういう本物の力を主は与えてくださるキリストが私たちと共におられます。だからこそ敗北、惨めさ、悔しさ、そういうもので終わる人生ではなく、本当に神は私を祝福してくださった、教会を祝福してくださった、そして私たちを通して多くの方々を祝福してくださった、そう言わせてくださるのです。



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