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北の大地で 星を数えながら

~日々の出来事や感じたこと、聖書の言葉など 小さくても星のようにキラリ☆光ることを 分かち合えればいいなぁ~

思い巡らす

 今週の日曜日、私は紋別での礼拝奉仕でした。礼拝の中で敬老者祝福祈祷を持ちました。長年、多くの牧師に仕えてこられたHさんと先週に引き続いて集われたMさんのために、心からの祝福をお祈りしました。

 またAさんの入会式を行い、礼拝に引き続いて皆さんでご一緒にこの日を喜びつつ、Tさんが作られた昼食をいただきました。私にとって久々の栗ご飯で、美味しかったですね〜。当のAさんは、明日からの仕事に備えて白糠に向かわなければならず、急いで昼食をいただき出かけていきました。私は帰りに90歳になられるとても明るいSさんを訪問し、しばしお交わりの時を持ちました。

 北見では礼拝の中で海外宣教祈祷、3年間共に礼拝をしたTさんが札幌に転勤になられるので祝福して送り出したそうです。礼拝後のお弁当愛餐会、English Gospel Worshipと続き、ちょうご皆さんが車に乗って帰られる6時ぐらいに私は北見に戻ってきました。夜はMさんと聖書の学びのプロローグの時を持ちました♫

20160925
(250字のエッセンスは、コチラです)

 以下は礼拝メッセージの断片集です。

 主なる神が私たちの盾であるということは、例えば「防弾チョッキ」を着ているようなものでしょう(ちなみに防弾チョッキって、通販で買えます・笑)。万が一、銃で打たれたとしても、もちろん大きな衝撃はありますが、銃弾は貫通することはありません。私たちは様々な出来事の中で、びっくりすること、心を痛めること、しんどくなることはあります。しかし盾である主なる神が防弾チョッキのようになられ、致命傷には至らないということです。主なる神は、心配するな、恐れるな、そう言って私たち一人一人を責任をもって守って下さるのです。



 先週の金曜日、1日1章の聖書日課でルカ2章を読みました。マリヤは羊飼いたちが話した天の御使いの言葉、そして主がしてくださっていること、それらを全部、自分の中で消化しきれないないけれども、それでも主の御心を思い巡らしました。私たちは、理解できないことやややこしいことが起こると思い煩います。また思い悩みます。しかしマリヤのように、主は一体何を願っておられるのかを思い巡らすこと、それが信仰の歩みです。思い煩うのではなく、思い悩むのでもなく、また私たちの考えを思い巡らすのではなく、主の言葉、主はどう思われるかを思い巡らすのです。



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