FC2ブログ

北の大地で 星を数えながら

~日々の出来事や感じたこと、聖書の言葉など 小さくても星のようにキラリ☆光ることを 分かち合えればいいなぁ~

15回以下

 25日の日曜日は、クリスマス礼拝&祝会でした♫ 23日のキャンドル・サービスの日は、雪のために出席できない方々もおられましたが、この日は快晴で、心もすっかり晴れ渡りました。礼拝、祝会と喜びと楽しい時を過ごしました。初めて来られた方々が、久しぶりに訪れた皆さんにもお会いできて感謝でした。以下は、クリスマス礼拝のメッセージ断片集です。

 聖書の中で「東」とは、様々な問題を抱えている場所として描かれていることが多いものです。(たとえば創世記の「エデンの東」、カインも神の前を去り「エデンの東、ノドの地」に住むことになります。そ他の例も多くあります。

 総じて「東」とは聖書においては、神から追放された場所、神から逃げ出した場所、神から遠く離れている場所、神と敵対する者たちが住む場所、東とは神の祝福から遠く離れ、人生につまずきそこに住む以外ない、そういう場所として象徴的に描かれているのです。

 そういう旧約聖書を読み終えたユダヤ人が、新約聖書の最初のページで、神から忌み嫌われている占星術をしている東の国の博士たちが、最初にクリスマスの喜びに溢れることをマタイの福音書は伝えています。神から遠く離れている、そういう方々にこそ、大きな喜びが届けられたというクリスマスのメッセージがここにあります。



20161225
(250字のメッセージのエッセンスは、コチラ

 「子どもは1日に平均400回笑う。大人になると15回に減る」、「あなたが笑うと、世界が変わる」とグリコのCMで流れています。人間だけが声を出して笑うことができ、笑って喜びを表現することができます。分かっています、不機嫌でいたいわけじゃありません。もっと明るく笑っていたいけれど、1日平均15回、あるいはそれ以下になってしまいます。

 作り笑顔ではなくて、屈託なく、もっと笑って明るく生きることができたらいいなあと思うのに、内側にある何らかの暗さというものを抱えています。思い煩いや悲しみがあり、人知れずうずく痛みや、誰にも言えない醜さ、むなしさがあります。自分ではどうすることもできないからこそ、そこでこそ神に目を向けるべきなのに、かたくなになって、自暴自棄になって、あるいは心が冷めてしまってそうできないこともあります。

 清くて正しくて、明るい人だから、神は私たちを愛してくださり、共にいてくださるということ、それがクリスマスのメッセージではありません。自分ではどうしようもできない、自分の小ささ、暗さ、冷たさを抱えている、そういう私たちに、生きる喜びを与えてくださる救い主なるキリストが生まれた、それこそがクリスマスのメッセージなのです。

 東方の博士たちが闇の中に特別に輝く星に導かれて、エルサレムへ、そして神の言葉を信じて小さな街ベツレヘムに向かい、救い主のもとにやってきた時に与えられた、この上もない喜び。今朝、このクリスマス礼拝を捧げる私たちにも同じ喜びを与えたいと主なる神は願っています。私たちはそれを受け取ることができるのです。



 博士たちは、星に導かれてエルサレムまで来ましたが、最終的には聖書の言葉、神の言葉を信じてさらにベツレヘムへ向かっていきました。その結果、この上もない喜びを体験しました。律法学者たちやエルサレムの人々はたちは、博士たちと一緒に行くことはしませんでした。

 聖書を知っていても自分自身に語られた神の言葉として信じない時、恐れと不安が心を支配していきます。大切なことは、知っているだけ、読んでいるだけではなく、神の言葉を信じること、主なる神信頼することです。その時、新しい人生が始まります。今まで体験したことのない喜びが与えられていきます。



にほんブログ村 地域生活(街) 北海道ブログ 北見情報へ
にほんブログ村

日記 |
| ホーム |