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北の大地で 星を数えながら

~日々の出来事や感じたこと、聖書の言葉など 小さくても星のようにキラリ☆光ることを 分かち合えればいいなぁ~

右足の人差し指

 私はだいたいどの委員会や会議でも、一番の若輩です。(態度や素振りはそうでもなさそうなのでですが・笑)しかし昨年9月末のある会議の時、いつもと場所が違うので食事の準備やら何やらで、若輩者らしく率先してテーブルを拭くなど動き回っていました。

 何かを運びに台所に向かおうとしたその時、和洋室の小さな段差に右足を取られてしまいました。手にしていた食器類はぶちまけずに済んだのですが、「やってしまったかもしれない・・・」と思いました。それは足の指にヒビが入ったか、ちょっと折れたか、そういう痛みでした。

 実はこの歳まで骨折の経験がありません(丈夫に産み育ててくれた両親に感謝)。「人生初の骨折を、よりによって出先で、しかも1日目の会議で・・・」と思いながら、恐る恐る痛みの激しい右足の靴下を脱ぐと、人差し指が変色し、爪が大きくえぐれていました。幸い翌日には腫れがおさまり、骨折では無かったので助かりました。あれから半年を経ましたが、まだ右足人差し指の爪は不完全なままです。

20170927
(私がつまずいた小さな段差)

 さて先月、別の委員会の冒頭で、ある先生がヨハネ18章15−17節を開き、以下のようなことを話されました。

「門の外にいたペテロは、わざわざ門の中に入りました。逃げ出したのではなく、主イエスに近づこうとして門の中に入ったことによって、結局のところ主イエスを三度知らないと否定してしまうことになります。逃げ出したのではなく、主イエスのためにと近づいていった、そこでこそペテロは失敗してしまうのです。近づいたがゆえの失敗。(もちろん名誉の負傷でも何でもありません)しかし、そういう失敗も痛みも、主イエスは全てをその身に負うてくださったのではないでしょうか」



 スカイプを通してのweb越しに聞こえてくるそのメッセージが、自分のことだけではなく、その他いろいろなことも思い出されて、いやあ、心に沁みました。一番歳下だからと張り切ったがためにつまずいた、まだ治りきれていない右足の人差し指が、ズキズキしてくるようでした。(足の指がどうこうではなくて、忘れていたこと、思い至らなかったこと、十二分に思いやれなかったこと、そんなことがズキズキ感となっているかのようです) 

 感謝や喜びも数えながら、明日は心からの礼拝を捧げます。同時に、一生懸命にしていたからこそ、だからこその失敗や上手くいかないでいることも、全てを受けとめてくださる主イエスを見上げる礼拝を、明日もご一緒に捧げます。

PS.
20170317まで延長

 何と2週間だった北見での「母」の上映が、1週間延びただけではなく1日に3度に増え、さらにもう1週間増えたのです!

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