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北の大地で 星を数えながら

~日々の出来事や感じたこと、聖書の言葉など 小さくても星のようにキラリ☆光ることを 分かち合えればいいなぁ~

サークルではなく

 今週は、天気の良い日曜日でした。このまま4月になって欲しい、春になって欲しいと思うのですが、そうは問屋が卸さずなのでしょうね・・・。

 礼拝にはOさんご夫妻が集われて、嬉しかったですね〜。何だかホッとします。再び北見方面に転勤になったら良いのになあと、勝手なことを勝手に思っています。

 礼拝の中で震災復興祈祷の時を持ちました。また午後からのお弁当愛餐会(昼食)を持ちながらの分かち合い、とっても豊かなひと時でした。礼拝の最後の「報告」も礼拝(あるいは伝道・牧会)の大切な一部だと思っていますが、愛餐のひと時も礼拝とつながっていますね。以下は、礼拝メッセージの断片集です。

20170312
(250字のエッセンスは、コチラ

 教会はとは、サークルや気の合う仲間の集まりではありません。ぺちゃくちゃ言い合いながら、「あなた、そんなことしてるから駄目なのよ。そうじゃなくてこうよ」、「あの人のこんなところ嫌だねえ」、「私の人生、嫌なことばかりが起こってくる」そういう悲観、不平、裁き合う言葉の上に教会が建て上がっていくのではありません

 「私をあの罪や悲しみから救い出して下さった主イエスは、今も生きています。あなたの人生にも必ず働いて下さる。一緒に主イエスを見上げていきましょう。主イエスの名で一緒に祈りましょう」、「主イエスこそ、生ける神の子キリストです」という信仰告白の上に教会が建てられていきます。私たちは信仰告白を共にする者の集まりであり、イエスをキリストと信じる者の集まりなのです。



 最近、どんな告白をしていますか? 私たちの口からどんな言葉が出ていますか? 「言葉が人を作る」と言います。この人、どなたかご存知ですよね。twitterで髪の毛が薄くなってきたことを指摘されたそうです。すると、「髪の毛が後退しているのではない。 私が前進しているのである」とリツイートしたというのです。いやあ、面白い!毎日、鏡を見て「今日も減った・・・」、「人の髪の毛のことを揶揄するなんて」と憤っていません。むしろ笑い飛ばしています、ユーモアがあります!

 「言葉が人を作る」ということで、信仰者でなくても、口から出る言葉で、自分を奮起させています。ましてや私たちが告白するのは、信仰の言葉、神の言葉です。そこには神の力があるではありませんか!



郊外のキリスト

 以前にもお話ししたと思いますが、神学生時代、東京駅の近くにあるブリジストン美術館に、何度かルオーの「郊外のキリスト」を見に行きました(柄にもなく)。ある本に紹介されていたことがきっかけでした。月明かりに照らされた寒い夜道をキリストと2人の子どもが歩いています。ある方は子どもではなく、自分が子どものように小さく感じるような、そういう夜道だと言います。私もそう思います。

 ルオーは「芸術とは目に見えるものを写すことではない。見えないものを見えるようにすることだ」と述べています。それはそのまま、信仰に置き換えることができるでしょう。「信仰とは目に見えないものを見えるようにすること」です。

 様々な夜道があります。愛する者の不慮の死、回復の見込みの乏しい病気、仕事や子育てをめぐる失敗や挫折、様々な夜道があります。しかし、目に見えないけれども、生ける神の子であるキリストが、共におられるのです。共におられるかもしれないという気休めではなく、主が共におられることを告白する時、生きておられる主イエスを体験するのです!そして沈み込まないで立ち上がっていく力が与えられていくのです。敗北したように見えても、失敗で終わらない、何度も立ち上がっていく力を、共におられる生ける神の子である主イエスが与えてくださるのです。絶望や死、罪の力を打ち破られた勝利の主が、あなたのすぐそばにおられます。今週も主イエスとご一緒しようじゃありませんか!



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