FC2ブログ

北の大地で 星を数えながら

~日々の出来事や感じたこと、聖書の言葉など 小さくても星のようにキラリ☆光ることを 分かち合えればいいなぁ~

分水嶺

 天気が良く、すがすがしい日曜日の朝(6/18)、「朝ごとに新しい主の恵み」を覚えながら、賛美と礼拝を捧げました。私たちは礼拝後すぐに出かけなければならなかったので、挨拶は礼拝前に済ませておきました。礼拝後は、お弁当愛餐会、3時からEnglish Gospel Worshipなど、皆さんで協力しながら持っていただきました♪ 以下は礼拝メッセージの断片集です。

 使徒13章というのは、大きな変わり目の時で、「分水嶺」とも言われ、ここから2部が始まっていきます。それはこのアンテオケ教会から、世界宣教が始まっていったからです。今までは、イスラエルとその周辺で、迫害にあったキリスト者が散らされながら福音を伝えていました。しかし福音が小アジア、そしてギリシアやイタリアなど、やがてヨーロッパがキリスト教国となっていく、そういう世界史を変える出来事が、この使徒13章から始まっていったのです。

 彼らがそのような世界宣教を始めるようになったきっかけは、教会で話し合って決めたのではありません。会議や委員会を開いて、予算案を確認し、相談して議論して、多数決で決めたわけでもありません。アンテオケの教会が全身全霊で礼拝を捧げるその中で、聖霊が彼らに命じられたのです。

 私たちが確認したいこと、それは礼拝を通して主なる神が語られる御声を、私たちも真摯に聞き続けていくということなのです。



20170618
(250字のエッセンスは、コチラ

 礼拝の中で「バルナバとサウロをわたしのために聖別して、わたしが召した任務につかせなさい」と聖霊が語られました。礼拝を通して聞くべき主の御声の1つは、私たちに委ねられ、任されている任務があるということです。礼拝の中で、賛美や祈り、主の御言葉を聞く中で、主からの任務を信仰によって受け取ることが大切なのです。私たちがやりたいことではなく、主が授けている、任せたいと願っていることがあります。アンテオケ教会の兄姉は、そういう主からの務めを礼拝の中で聞き、それを信仰をもって受けとめたのです。



 バルナバとサウロが兄姉に手を置いて祈ったのではありません。アンテオケの兄姉がバルナバとサウロに手を置いて祈り、2人を送り出したのです。手を置いて祈るとは、私たちは1つですよということです。「私たちはアンテオケに残るけれど、海外宣教に出ていくバルナバとサウロの働きは、私たちの働きです、心は1つです!」 、そうやって2人は外、その他は内ではなく、教会全体が1つになっていったのです!外向きになることで、今まで以上に教会の中に本当の一致が生まれています。



にほんブログ村 地域生活(街) 北海道ブログ 北見情報へ
にほんブログ村

日記 |
| ホーム |