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北の大地で 星を数えながら

~日々の出来事や感じたこと、聖書の言葉など 小さくても星のようにキラリ☆光ることを 分かち合えればいいなぁ~

それゆえに

 8月最初の日曜日。妻は紋別へ。その途中にハプニングがあったそうですが、オフレコだそうで記さないでおきます(気になる書き方でごめんなさい。よもや事故などではありませんので、ご心配には及びません。尋ねないであげてください・笑)。

 礼拝後は、Mさんが翌日に誕生日を迎えるということで、ご自分でスパゲティを作って持ってきてくれました。さすがフィリピン出身のMさん。自分の誕生日に皆さんをおもてなしするとは!Hpaay Birthdayを歌い、スパゲティをいただき、一言ずつお祝いの言葉を語りました。娘のM&Kの目には、涙がキラリ。

 食後はSL会(Servant of the Lord)で、4人で7月の感謝や8月や9月の教会の予定、また主の教会のことを話し合い、祈るひと時を持ちました。(その横で水曜日の打ち合わせをしている方々もおられ、妻がいなくても責任をもって進めておられるようでした)以下は、礼拝メッセージの断片集です。

20170806
(250字のエッセンスは、コチラ

 以前にもお話しましたが、創世記8章21節にこう記されています、「私は決して再び人のゆえに、この地をのろうことはすまい。人の心の思い計ることは、初めから悪であるからだ」。ちょっと「?」ですよね。人は悪い、だけどこの地をのろい、滅ぼさない、ということではありません。人は幼い時から悪だ、それゆえに、だからこそ主なる神はこの地を滅ぼさないと、約束の虹をかけて告げるのです。

 聖書全体を通して説明すると、こういうことです。「人は悪い、だからこそ滅ぼさない。人は罪人だ、それゆえに救い主を送る。あなたはのろわれて終わる人生を送るのではない、救いを与える。あなたは罪人だからこそ、失われているからこそ、病人だからこそ、『それゆえに』救いが必要だ、主イエスを信じなさい!」、そういう神の思いなのです。

 パウロも罪人の頭である自分自身が、そういう「それゆえに」という神の愛を受けていたからこそ、悪意を抱かれても、それでも、いや「それゆえに」彼らには神の愛が必要だとイコニオムに長く滞在するのです。

 渡辺和子シスターは、このことを分かりやすい言葉で「面倒だから、しよう」と言われます。「面倒くさいからしない」ではない、「面倒だ、仕方ないなあ、するか〜」でもありません。「面倒だから、だから、それゆえにしよう」というのです。「それゆえに」の信仰です。面倒くさいと思う自分の怠惰な心に打ち勝つ、善をもって悪に打ち勝つということ。あの人が自分のことを悪く言う、「それゆえに」、愛をもってとりなして祈ろう、和解の福音を語ろうということです。



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