FC2ブログ

北の大地で 星を数えながら

~日々の出来事や感じたこと、聖書の言葉など 小さくても星のようにキラリ☆光ることを 分かち合えればいいなぁ~

優しく語りかけた

 年末年始、帰省されていた方々、そのまま海外出張に行かれた方も再会し、ほぼレギュラーメンバーが揃った1月14日の礼拝でした。皆さんが揃うと嬉しいものですね。

 どちらかと言えばという程度はなく、圧倒的に女性の声の方が大きい礼拝の賛美。もちろんそれは力関係を示してはいません(笑)そういう中でピアノ奏楽をしながら、立ち上がって賛美するK監督(職場の野球部の監督をされています)の声が聞こえてきました。自然に手をあげて賛美されるK監督。後で聞くと、ビートの製糖工場で責任ある立場として一晩中働いた後、一睡もしないで礼拝に集われたとのこと。「神さまから力をいただきました」と言われて、帰って行かれました。

 礼拝後は、お弁当愛餐会(昼食)、虹の会(三浦綾子読書会)でした。以下は、礼拝メッセージのエッセンスです。

20180114
(250字のエッセンスは、コチラ

 今週の聖書日課で、創世記を読み終えます。創世記をしめくくるにあたって、ヨセフとその兄弟たちの出来事が記されています。父ヤコブが天に召された後、ヨセフの兄弟たちは、今までは父が生きていたからヨセフは自分たちに優しくしていたけれど、これからは仕返しをするかもしれないと思うようになります。

 そしてわざわざ人を遣わして、「父ヤコブは兄たちの罪をゆるすように言っていた」と言伝(ことづ)てをしました。ヨセフはその言葉を聞いて涙を流します。そしてヨセフは、あの有名な言葉を語るのです。「あなたがたは、私に悪を計りましたが、神はそれを、良いことのための計らいとなさいました」(創世記50:20)。この言葉は、創世記を締めくくるにふさわしい鍵となる言葉だと思います。そして、私自身も心に銘じている主の言葉の1つです。

 今日、強調したいことは続く21節です。「『ですからもう恐れることはありません・・・』こうして彼は彼らを慰め、優しく語りかけた」。ヨセフは兄たちを「慰めて、優しく語りかけた」のです。自分を信じない兄たちを叱責する口調ではなく、慰めつつ、親切に、優しく語りかけるのです。「兄さんたち、まだそんな風に思っていたの」と憤慨しない、人に言伝てをして言わずにはおれなかった兄たちの気持ちを汲みながら優しく語るのです。

 私たちは相手が間違ったことを言う、おかしなことを言う、嫌なことを言うと、当然ながら腹立たしいものです。誤解されていたり、悪く言われると、「それは違う」と目くじらを立てながら言うでしょう。またそれが兄弟、親子、夫婦など近い関係であれば余計に、「それは違う」と言ってしまうものです。

 しかし相手の間違い、誤解を指摘する時、それがどんなに正しい内容であったとしても、もしそこに愛がなければ、優しさがなければ、相手の気持ちを汲む思いがなければ、一切は無益だと、聖書を通して主なる神が私たちに教えるのです。ヨセフは主と共に歩んでいたから、主の心を心としながら、目の前にいる兄たちを慰めながら、優しく語ることができたのでしょう。

 私たちもキリストと共に歩み、本当に正しいこと、信仰的なこと、大切なことであればあるほど、私たちは相手の思いを汲みながら、慰めつつ、親切に、愛と忍耐をもって優しく語りかける、そういうキリストの心を心としていく歩みを聖霊によってさせていただきたいのです。



にほんブログ村 地域生活(街) 北海道ブログ 北見情報へ
にほんブログ村

礼拝メッセージの断片集 |
| ホーム |