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北の大地で 星を数えながら

~日々の出来事や感じたこと、聖書の言葉など 小さくても星のようにキラリ☆光ることを 分かち合えればいいなぁ~

従わせるのではなく

 3月4日(日)は、暖かい日となりました。もちろんこれは一時的なもので、その後には寒気や爆弾低気圧が待っているのでしょうが、それでもそれらを繰り返して春を迎えることになります。

 咳が止まらなかったIさん、一番忙しい製糖工場での働きの山場を超えたKさんが、久しぶりに礼拝に集われました。男性が教会に多くいることは、頼もしくてうれしいものです。もちろん女性の皆さんもいつも通りに歓迎しています(笑)以下は礼拝メッセージの断片集です。

20180304
(250字のエッセンスは、コチラ

 主イエスから離れると信仰は小さくなります。そして主イエスに近づく時、信仰は強くなります。サタンはあらゆる正統的な理由を持ち出して、私たちを主イエスから離そうとします。サタンって邪悪な存在ですが、身の毛もよだつような方法のみで私たちに働きかけるわけではありません(邪悪なものももちろんあります)。サタンの最終目標は、主イエスから私たちを離し、信仰を生ぬるくさせ、無くさせることです。だから邪悪な理由だろうが、正統的な理由だろうが、方法はある面、なんでも良いのです。

 サタンは偽りを言う者ですから、非常に巧妙で私たちを惑わします。家族のこと、経済的なこと、社会的なこと、様々な正統的な理由、状況を持ち出して、主イエスから、キリストの体である教会から、神の言葉や祈りから私たちを離そうとしてくるのです。

 「あなたは毎日イエスのそばを歩いているか?」という賛美にあるとおりです。



 この役人は主イエスに近づいていく中で、その信仰が成長していることが分かります。「主イエスに近づいていくという信仰」、それは単にお近づきになれましたということではありません。主イエスに近づき、「主イエスに従う信仰」へと成長していったということです。

 それでは、もともとはどういう信仰を持っていたのでしょうか? 主イエス従わない信仰だったのでしょうか? 実は「主イエスに従わない信仰」ではなく、「主イエスを従わせる信仰」姿勢だったのです。

 信仰とは、私たちの思う方向に主を従わせるのではなく、主の示す方向に従っていく姿勢となっていきます。それが主を尊ぶという信仰なのです。



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