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北の大地で 星を数えながら

~日々の出来事や感じたこと、聖書の言葉など 小さくても星のようにキラリ☆光ることを 分かち合えればいいなぁ~

国語の問題を枕詞に

 3月4日(日)の礼拝メッセージの冒頭で、国語の問題を2問出しました。どちらも接続詞を入れる問題です。 

問題1

 もちろん、正解は「B:そういうわけで」です。女満別空港に500人ぐらいの人々が訪れ、大歓迎だったようですね。それでは同じように、【    】に入る接続詞を選んでいただきます。問題2です。

問題2

 普通に考えたら「A:ところが」が入ります。それ以外なら国語のテストでは、「 ✕ 」です。しかし先ほど読んだ聖書によると、ヨハネ福音書4章44節と45節をつなぐ接続詞は、「B:そういうわけで」なのです。この2節だけを取り出して、論理的に考えると「B」では意味が通りません。私たちの頭の中に「?」が浮かびます。

 聖書を読んでいて「アーメン」と思えるとこは、素直に読んで恵まれてください。しかし「?」が浮かぶところ、そこは私たちの考えと神の思いにギャップがあるところです。だからそこに、私たちの理解を越えた神の真理があると言えるでしょう。この場合、「尊ぶ ≠ 歓迎する」ということです。

ヨハネ4:44ー45

 主イエスが故郷のガリラヤの人々から歓迎を受けたのは、確かなことです。しかしガリラヤの人々は主イエスを歓迎していましが、本当の意味で尊んではいないということを聖書は教えています。2章にあるようにエルサレムにおいて主イエスが多くの奇跡を行なったのをガリラヤの人々は聞いていました。それゆえに、ガリラヤの人々は自分たちのところでもどんなことをしてくれるだろうか、そういう自分の好奇心の思い、表面的なフィーバーによる歓迎であって、真実な信仰によって尊んでいるのではないということです。(2:23−25と呼応しています)

 歓迎していることは確かに事実なのです。しかし、ガリラヤの人々自身も気づいていない、内側にあるものを主イエスは知っておられるということです。それでは、主イエスを尊ぶ、敬う、真実な信仰とはどういう信仰なのでしょうか。続く46
〜54節を通してご一緒に見つめて参りましょう。



 というような国語の問題を枕詞に、聖書のメッセージの本題に入っていきました。

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