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北の大地で 星を数えながら

~日々の出来事や感じたこと、聖書の言葉など 小さくても星のようにキラリ☆光ることを 分かち合えればいいなぁ~

私も強くそう思います

 3月11日(日)、妻とMさん一家は紋別へ礼拝奉仕に出かけました。パソコントラブルがあり、用意していたパワーポイントを使えなかったようです。それでも礼拝、聖餐式、役員就任式、東北復興祈祷、お弁当愛餐会、Oさん一家の送別会と、全てのプログラムを和やかに終えて帰ってきました。

 運転してくださったDさん、奏楽してくださったAさん、一緒についていったK君と、Mさん一家には心から感謝します。

 北見でも礼拝、東北復興祈祷、お弁当愛餐会、分かち合い、虹の会(三浦綾子読書会)と、充実した主の大庭にいる1日を過ごしました。以下は礼拝メッセージの断片集です。

20180311
(250字のエッセンスはコチラ

 ある人々は、死んだら何もかも終わりだ、だから生きている今、好きなことをして暮せばいいと言われます。しかし聖書はそういうことを教えておらず、死は終わりではないと教えています。また輪廻転生や前世は何だったか、やがて何かに生まれ変わるということもありません。風になったり、他の物質や生命体になったり、まして人格の違う誰かに生まれ変わることもありません。かけがえのないただ一人の存在として、神が私たちを造られたのです。

 そして死は全ての終わりではなく、死んだ後にさばきがあることを聖書は教えています。だからこそ私たちは、欲望のままに生きていくことにブレーキをかけることができます。また最終的には神さまが白黒をはっきりとつけてくださるので、自己憐憫に陥らず、たとえ思うような評価をされなかったとしても、愛と真実に生きることができるのです。



 ある人が「自分のことしか考えられない、これほど不幸なことはない」と言われます。私も強くそう思うのです。朝から晩まで自分のこと、また自分中心にしか考えられないというのは、とても悲しいことです。


 

 悔い改めるとは、方向転換です。神こそ我が助け、我が救い主として歩んでいくということです。そういう悔い改めがない人生は、結局のところ後悔に終わってしまうことになります。後悔からは何の良いものも生まれてきません。悔い改めこそ真に人を生かします。



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