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北の大地で 星を数えながら

~日々の出来事や感じたこと、聖書の言葉など 小さくても星のようにキラリ☆光ることを 分かち合えればいいなぁ~

タイミングが違う

 柔らかな日差しに包まれた3月18日(日)の礼拝でした。海外宣教師のため、3月の誕生者の祝福も礼拝の中で祈りました。愛餐会には、前日に凍った湖へ釣りに行かれたMさんが、たくさんのワカサギを佃煮と天ぷらにして持ってきてくれました♫ 以下は礼拝メッセージの断片集です。

20180318
(250字のエッセンスは、コチラです)

 台所の入り口に「Ⅱコリント5:14」の御言葉がかかっています。4つの訳、私はどれも好きです。

新改訳「キリストの愛が私たちを取り囲んでいる」
口語訳「キリストの愛がわたしたちに強く迫っている」
新共同訳「キリストの愛がわたしたちを駆り立てている」
2017年訳「キリストの愛が私たちを捕らえている」

 私たちは何に取り囲まれているのでしょうか? キリストの愛こそが私たちを取り囲んでいるのです。私たちは何かにプレッシャーを感じていることがあるでしょうか?微かではなく強く迫ってくるキリストの愛を信じていきたいのです。義務感でしなければならないではなく、内側からの愛に駆り立てられる、溢れていく、そういう愛を聖霊は注ぎたいと願っています。罪や悪が私たちを捕らえるのではなく、キリストの愛こそが私たちを捕らえていくのです。



 ラザロを愛しているのに、主イエスはすぐにベタニヤへ行きませんでした。愛しているからこそ、すぐに行かなかったということ、そこには主イエスの時があります。主イエスはベタニヤへ行くのに、決して遅刻したのではありません。タイミングが違うのです。主イエスの到着は、人間の考える「時」からみれば手遅れでした。ラザロは既に亡くなっています。しかし主がお考えになる「時」からすると、決して手遅れではなく、むしろ神の栄光の始まりなのです。



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